カツ丼

カツ丼(カツどん、英語:Katsudon)は、丼鉢に盛った飯の上にカツ(およびその他の食材)を乗せた日本の丼料理である。

概要

日本国内において最も一般的なカツ丼のスタイルは、「豚カツとタマネギを醤油味の割下で煮込み、卵とじにして、米飯にのせた料理」である。単に「カツ丼」と呼んだ場合は、一部地域(特に福井県、山梨県、群馬県、岡山県、沖縄県)を除いてこの形態を基本とする。

  • 福井県 ソースカツ丼
  • 山梨県 ソースカツ丼
  • 群馬県 ソースカツ丼
  • 岡山県 丼飯にキャベツを敷いた上に豚カツを載せて、ドミグラス風のソースをかけた料理が「カツ丼」
  • 沖縄県 カツの上(または下)に、ニンジン、タマネギ、ピーマン、キャベツ、白菜、ニラ、もやし、レタス、青菜など野菜の炒め煮を大量に盛り付ける[17][18]。とんかつは煮込まず揚げたままの状態で載せられ、卵は野菜炒めの一部と化して綴じきれていないことが多い。

日本全国で提供されている豚カツを卵とじにした料理のほか、タレや餡、ソースなどをかけたり浸み込ませた豚カツその他のカツレツを用いた丼料理が、ご当地グルメや独自商品として各地で販売されている。ご当地グルメの場合、「○○カツ丼」のように地域名や特徴を冠して呼ぶのが通例である。

多くの場合、カツ丼のカツにはトンカツを使用するが、ビーフカツ、チキンカツ、メンチカツ、海老カツ[注釈 1]といったカツを使用したカツ丼も存在し、それぞれ、「ビーフカツ丼」、「チキンカツ丼(卵綴じ限定で「親子カツ丼」と別呼称される)」[注釈 2]などと呼ばれ、牛肉料理や鶏肉料理の専門店では、これらを単に「カツ丼」と呼ぶこともある。

とんかつ専門店のほか、一般の食堂やレストラン、そば屋、うどん屋、弁当屋など、さまざまな場所で提供される和食、日本料理である。

カツ丼は丼物の中でも人気上位にランクされており、外国人にも受け入れられやすい日本食の一つである。

とんかつについて!

豚カツという名称の由来は、“豚”の音読みの「トン」と、フランス料理の”côtelettes”(コートレットの英語読みであるカットレット cutlet)の組み合わせから。

コートレット【(フランス)côtelette】
《「コトレット」とも》子牛・羊・豚などの骨つき背肉のこと。一般には、部位や骨の有無にこだわらず、切り身にパン粉をつけてバター焼きにしたものをいう。→カツレツ

1899年(明治32年)に洋食店「煉瓦亭」において「ポークカツレツ」という豚カツに通じる名称で豚肉をディープ・フライで揚げるという調理方法が見られる。洋食店「ポンチ軒」で現在の豚カツと同様の調理方法が1929年(昭和4年)に登場する。ここから「ポンチ軒」のコックであった島田信二郎が考案者とされることが多いが、「トンカツ」という名称は屋台料理などですでに存在しており、また調理法も「王ろじ」により先鞭をつけられているとの説もあるなど、未だ発祥店を特定するのは困難である。

歴史

カツ丼の起源については、「1995年9月付けの地方紙『山梨日日新聞』に、明治30年代後半には甲府のそばの老舗「奥村本店」でカツ丼が提供されていた、という記事が掲載された」との記事があり、執筆者は関係者への聞き取りをしたうえで、「少なくとも明治30年代後半には甲府にカツ丼が存在していたということになる」と主張している[3]。このため、現時点で確認されている情報では甲府説が最古と見なされている。

このほか、福井県出身の高畠増太郎が、料理研究留学先のドイツから帰国後、東京市牛込区(現・東京都新宿区)早稲田鶴巻町の早稲田大学前に店を構え、1913年(大正2年)に東京で開かれた料理発表会で初披露したとの説がある。これ以外にも1921年に早稲田高等学院の学生・中西敬二郎が考案したという説[4]、同じく1921年に大阪で卵とじのカツ丼が登場したとする説[4]がよく知られる。中西を発案者とする説の舞台は、早稲田大学近くにあった蕎麦店「三朝庵」(さんちょうあん)である。同店で大正時代、宴会のキャンセルで余ることがあった豚カツを冷めても美味しく食べられるように「卵でとじたらどうか」と提案した[5]と伝えられるが、中西が考案したカツ丼は、卵とじではなくウスターソースをかけるものであったという説もある[6]。

カツ丼にまつわるエピソード

刑事ドラマやコント

日本の刑事ドラマにおける定番の描写に、被疑者の取り調べ中の食事として警察署内でカツ丼を食べるというものがある。人情を重んじる刑事がポケットマネーで店屋物のカツ丼をとってやると、被疑者はその情にほだされ涙ながらに「私がやりました」と犯行を自供する、というパターンが典型例である。

久松静児監督、森繁久弥主演による昭和30年製作の映画『警察日記』で、取調中に警官が丼物を振る舞う場面が初出とされる。その後、小杉勇監督の映画『刑事物語』シリーズ第3作『灰色の暴走』(1960年)、連続テレビドラマ『七人の刑事』(1961年 – 1969年)、バラエティー番組『シャボン玉ホリデー』(1961年 – 1972年)など、1960年代に相次いで「刑事が被疑者にカツ丼を食べさせる」描写が登場している。

これらはあくまで事実とは異なるフィクションで、現在では通常、留置中の被疑者については専用の弁当が用意されており、留置場での食事時間が必ず取られている。また、丼を投げつけるなどして警察官がひるんだ隙をついて逃走される可能性もある事から、取調室で食事が出されることはない。ただし任意同行時などでの逮捕前の取調べで出前を頼むときに、被疑者の選択でカツ丼を選ぶことが出来る場合はあるが、その費用は被疑者の自己負担となる[。なお、警察官が費用負担した場合は利益誘導として裁判の際に供述の任意性が否定される場合がある

ただし、過去に実際の取調べでも刑事が出前を取り寄せるケースがかなりあった。戦前及び戦後間もなくは取調中に店屋物を注文するケースもあり、一例としては平沢貞通が帝銀事件容疑で小樽警察署へ任意同行後逮捕された際に刑事の回想で「昼食に天丼が差し入れられたが平沢は箸を付けず、僕が一人で食べた」とある。また、小林多喜二の『一九二八年三月十五日』には、容疑者を予審に回す時に、「取調べに当った司法主任や特高は自腹(?)を切って、皆に丼や寿司などを取り寄せてご馳走した」という記述がある。

2006年9月6日、埼玉県警所沢警察署の警部が、暴力団関係者である被疑者に「接見室ではなく取調室で家族と接見させる」「被疑者の両親の知人が持ち込んだカツ丼を取調室で食べさせる」(県警の規定では食事は留置場内で取ることとなっていた)などの便宜を図り、減給10分の1(3か月)の懲戒処分を受けた(この警部は同日に依願退職)。

『連続殺人鬼大久保清の犯罪』によると、昭和46年に群馬県で起こった、連続女性暴行殺害事件の犯人である大久保清も、逮捕状は出ておらず、あくまで参考人としての任意同行という形だったためか、警察署でカツ丼を食べていることが書かれている。

こうしたことからか、2008年、警察庁で平成20年度「警察捜査における取調べ適正化指針」を発表し、事実上カツ丼の提供は禁止されるに至った。これは裏を返せば文章で通達しなければいけないほど、そういう事実があったという事を物語っているとしている。

2016年10月、兵庫県庁前で、半世紀近く営業を続け、兵庫県警の留置場などにできたての麺類やカツ丼など丼物を出前していた神戸市中央区のそば店「翁(おきな)そば」が閉店している。

ゲン担ぎ

受験生や試合に臨むスポーツ選手の「敵」に「勝つ」という験担ぎのために、前日や当日にビフテキと共に食される事がある。

同様に公営競技関係の施設では、ギャンブルで「勝つ」という験担ぎと洒落を込めて、場内の食堂などでカツ丼を「勝丼」と称す事もある。

スポーツの場合、栄養学的にはさんざん否定されているが、 試験前日の受験などでの活用は、 物事を前向きにとらえることができているということが何よりも大事なこととも捉えられている 。

日本五大どんぶり

天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼

どんぶり物を生み出したのは、江戸時代に生きたある男の“食い意地”だった。出前の蒲焼が冷めないようにと、蒲焼をご飯の中に入れ込んで楽しんでいたところ、それがまわりにも広まり、日本初のどんぶり物、うな丼が誕生する。それまで白いご飯の上におかずをのせるという発想を持っていなかった江戸っ子たちは、すっかりうな丼の虜となった。だがうな丼以降、新たなどんぶり物が誕生するには時間がかかった。天ぷら蕎麦や親子とじ蕎麦は江戸時代には生まれているのに、天丼や親子丼の登場は明治になってから。

「丼」でいいのに「丼ぶり」と書く「どんぶりぶり問題」

「どんぶり」を漢字で書き表す際に「丼ぶり」とかなを送る必要はありません。

文化庁が示す常用漢字表では、丼には「どんぶり」「どん」の2つの訓があります。

したがって、「丼ぶり」の「ぶり」はムダです。

商業的には、ほぼ現れない

「丼」一字で「どんぶり」と読めるのですから、日本語コーパス「少納言」で探してみても、書籍・新聞・雑誌といった各種刊行物において「丼ぶり」の用例は出てきません。検索結果はゼロ件でした。

こうした媒体では、たとえ原稿に「丼ぶり」と書かれていても、校閲の段階で修正されるものと思われます。

「丼ぶり」は、ある程度のクオリティが期待される商業出版物では出てこない表記だと言えます。

NHKが答える回答。漢字で「親子丼」と書いてあったら、「おやこどん」と読んだらよいのでしょうか。あるいは「おやこどんぶり」と読んだほうがよいのでしょうか。

A どちらで読んでもかまいませんが、「おやこどん」と言う人が多いようです。

漢字を使う目安は「常用漢字表」というものをもとにするのですが、これは国が定めています。1981(昭和56)年に定められた常用漢字表には、「丼」という字は含まれていませんでした。どういうことかと言うと、この「丼」の字は学校教育で教える必要がなく、また新聞や放送でも基本的に使わないということになっていたのです。マスコミでは、「親子どん」または「親子どんぶり」という書き方をしていました

その後2001(平成13)年に、新聞社・放送局が加盟する日本新聞協会で、常用漢字表に含まれていない「丼」などの漢字39字をマスコミとして独自に使用することに決めました(なお常用漢字表はその後2010(平成22)年に改定され、現在のものでは「丼」も含んでいます)。そしてNHKでも、2002(平成14)年度の放送から、「親子丼」という書き方をすることができるようになったのです。

2001年におこなわれたNHKの放送用語委員会で、「丼」の字を採用するのにあたって「どんぶり」「どん」の2通りの読み方をすることが承認されます。このとき、次のような考え方が示されていました。

「丼」には「どんぶり」と「どん」の2つの読みが認められたが、「たまご丼」とあった場合は両方の可能性がある。用語班の考え方は、容器としての「丼」は「どんぶり」のみ、また料理名は原則として「~どん」を第一とし、「親子丼」など、前に付くことばが省略形でない場合は「~どん」「どんぶり」の両方を認めようというものである。
(『放送研究と調査』2002年3月号、p.99)

具体的に考えてみると、「天丼」「うな丼」は「てんぷらどんぶり」「うなぎどんぶり」を略したもので、「天どんぶり」「うなどんぶり」とはなりません。また「牛丼」や「かつ丼」(「ネギトロ丼」「ロコモコ丼」・・・)も、「牛どんぶり」「かつどんぶり」と言う人は、あまりいないように思います。一方、「親子丼」や「鉄火丼」などの場合には、「~どん」「~どんぶり」の両方が使われています。ただし、この2つも実際には「~どん」と言う人のほうが多く、特に20代や30代ではその傾向が強いようです。

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