ラーメン

新横浜ラーメン博物館「日本のラーメンの歴史」によると、ラーメンは江戸時代末に開港した横浜、神戸、長崎、函館に多くの外国人が移り住んだことをきっかけとして日本に流入した、中国の麺料理がルーツであるとしている。明治時代になると、中国の麺料理含め中国料理が広がっていき、中国からの留学生ともども港町の外にも店が増えた[7]。ただし長崎では、開港以前から相当数の華僑が定住しており、中華料理店も存在していた可能性がある。

1910年(明治43年)、東京府東京市浅草区に初めて日本人経営者尾崎貫一が横浜中華街から招いた中国人料理人12名を雇って日本人向けの中華料理店「来々軒」を開店し、大人気となった。その主力メニューは、当時は南京そば、支那そばなどと呼ばれたラーメンだった。新横浜ラーメン博物館によると「来々軒」を中国の麺料理と日本の食文化が融合してできた日本初のラーメン店としており[7]、ラーメン評論家の大崎裕史はこの年を「ラーメン元年」と命名している[8]。

この店の成功を受けて、戦前の日本に続々と庶民的な中華料理店が開店し、ラーメンは餃子や焼売などとともに、定番メニューとして広まっていった。戦後は中国大陸からの引揚者によるラーメン屋台も多く出現した[7]。約100年の歴史の中で、様々なアレンジが加えられていき、中国やベトナムなどのアジアの麺料理とは異質な、日本独特の麺料理に発展・変化している(詳細は後述の歴史の節を参照)。素材の味だけで勝負する無化調ラーメンや、インパクト重視の家系ラーメンなど、ニーズに応じて様々な進化を遂げており、国民的料理として人気を博している。

ラーメンはラーメン専門店、中華料理店、レストラン、屋台などの外食で提供されている。数は少ないが、茹で麺を自動調理して提供する自動販売機がある[9]ほか、安藤百福が発明した即席麺やカップ麺は、日本から輸出されたり、世界各地で現地生産されている。

塩分、炭水化物、脂質が多く含まれるため、栄養バランスには欠けており、毎日のように食べると、生活習慣病に罹患する危険性が高い。

徳川光圀(水戸黄門)

「雷文」

雷文 ラーメン丼のトレードマークと言ってもいい四角い渦巻き模様は、字の如く中国で自然界の驚異の象徴である雷をかたどった伝統の文様である。古くは中国の殷や周の時代の青銅器に多くみられた。

「龍」

龍 天帝の使者をあらわし、「甘露の雨を降らし、五穀を成就せしめる」として中国では、古くから崇められていた空想上の動物である。また、皇帝以外は、原則的に使用してはならない紋章でもあった。但し、臣下が使用する場合もあったので、その場合は、爪を四つにし、皇帝が使用する五つの龍と区別した。

「鳳凰」

鳳凰 古代中国において、最も高貴で、幸運を招く空想上の鳥である。「鳳」が雄で、皇帝の紋章とされ、「凰」が雌で、皇后の紋章とされた。

「双喜文」

双喜文 「喜」の字を二つ並べてデザインしたこの字は、新郎新婦がならんで喜んでいる姿を文字にした、結婚を祝う図案で、本来は結婚式の時のみに使われたおめでたい字である。
 ラーメンのルーツは中国。中国らしい文様と言うことでこれらの文様が使われるようになったのかもしれない。
今度、友人や恋人とラーメンを食べる時、この4つの文様の意味を話してあげると本当の「ラーメン通」として一目おかれるかもしれません。

伊達巻はどっち巻きが縁起がいい?

日本では伊達巻に限らず、渦巻き状のものは左巻きより右巻きのほうが縁起が良いとされている。回転する渦巻きは「エネルギー」の象徴。右巻きの渦巻きは「エネルギーが入る」、左巻きの渦巻きは「エネルギーが出て行く」といわれてきたのだ。

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