コンソメ

コンソメ(仏: consommé)は、フランス料理におけるスープのひとつで、澄んだスープの一種。琥珀色、淡黄色である。

概要

もともと「コンソメ」とは、仏語で「完成された」という意味で、中世から見られるようになった。基本的な作り方は、牛肉・鶏肉・魚などからとった出汁(ブイヨン)に脂肪の少ない肉や野菜を加えて煮立てる

完成したスープの色は澄んだ琥珀色でなくてはならず、濁っているものは許されない。煮込むことで具材から茶色が染み出るとともに、アクが出てスープが濁るので、アクをまめにすくうほか、卵白や卵の殻をくわえてアクを吸着させ、さらに漉(こ)した後で浮いた脂分を取り除く必要がある。レストラン等ではこれらの手順は厳密に行われ、さらに焦がした野菜やカラメル等で着色し、綺麗な琥珀色を完成させることもある。見た目は単純だが、非常に手の込んだスープである。

熱いまま出す場合には冷めるのが早い上にゼラチン質を含むため、注意を必要とする。また、冷やして飲む場合もある。多くの場合は様々な付け合わせとともに出され、風味豊かであるわりに満腹感は与えないため、コースのはじめに食欲を刺激するのに理想的なスープのひとつである。

ポタージュの意味

どろっととろみのあるスープであるポタージュに対して、澄んだスープであるコンソメ…ということのようだ。そして、こちらは肉類とか魚介類とかの出汁は不問で、とにかくとろみがある濃い不透明なスープであればなんでもポタージュらしい。

コンソメとポタージュの違いは”とろっ”としてるか否か…というのが上記の情報だ。

「ポタージュはフランス語でスープの意」なんて話も出てきた。つまり、ポタージュはコンソメを含む…つまり、コンソメはコンソメでもあるが同時にポタージュでもある、とそういうことになる。つまり、コンソメスープはコンソメポタージュでもあるということになる。フランス語上は。よくわからん。

日本初となる『固形コンソメ』を開発、富士食品工業株式会社

日本初の固形コンソメを開発!

横浜市港北区大豆戸町(まめどちょう)に本社がある富士食品工業株式会社(資本金3735万円、従業員数1100人)。主力商品は業務用の調味料

富士食品工業株式会社は、第二次世界大戦後いち早く日本初の固形コンソメを開発。その後も、世界で初めて麺用の粉末スープの素を作ったというスゴい会社。

捕虜生活の中で出会ったコンソメスープ

富士食品工業株式会社は、初代社長である松倉賢治氏が、東京・蒲田で1938(昭和13)年に粉末醤油や味噌などの非常用食品製造をはじめたことがルーツになっている。

第二次世界大戦がはじまると、松倉氏は徴兵され、東南アジアに出兵。終戦後はシンガポールで捕虜生活を送ることになった。

そこで出された食事に松倉氏は深い感銘を受ける。「コンソメスープとパン」というシンプルなメニューだった。スープのおいしさに「こんなに旨いものを食っている軍隊に勝てるわけがない」と思ったそう。

しかも、スープの作り方を見ていると、固形のものをお湯で溶くだけという簡便さ。お湯さえあればこれほど旨くて栄養のあるものを、いつでもどこでも食べられるということに松倉氏は圧倒された。

今でこそ、日本は世界をリードするインスタント食品文化が花開く国。顆粒(かりゅう)のコンソメやかつおだしだけでなく、インスタントのスープもおなじみだが、その当時、お湯で溶くだけでスープになる固形コンソメは日本人にとって、驚くほど画期的なものだった。

「なんとかしてこれを日本で再現したい」そう思った松倉氏。帰還できることになったが、固形スープの持ち出しを許してもらえなかったため、なんとかこっそり持ち出せないかと思案を重ねた。

「どこに隠したと思いますか?」西川さんがいたずらっぽく笑いながら聞いてきた。

まったく見当がつかなかったので伺うと、「実はパンツの内側なんです」と西川さん。脇腹のあたりに手を添えて、「パンツの横腹部分の内側にしっかり固形スープを塗りつけて持ち帰るという方法を思いついて、それを実行したそうです」と続ける。

確かにそこだったら、ちょっと折り返しておけば肌に触れないし、見つかりにくそうだ。

こうして固形スープを密かに隠しつつ無事に日本へ帰還した松倉氏は、さっそく持ち帰ったスープを分析し、研究を重ねる。そして、1952(昭和27)年、とうとう国産初となる「固形コンソメ」の開発に成功した。

一般向けの固形コンソメスープ発売では大手に出し抜かれたが、スープやソース、そばつゆなどの分野で研究を重ね、1958(昭和33)年、現在地に富士食品工業株式会社を設立。オイスターソース、粉末そばつゆ、コンソメスープの発売を開始する。

そしてこの年、世界で初めて麺用の粉末スープを開発し、特許を取得。1961(昭和36)年には、即席ラーメン用別添スープを開発し、国内メーカーへの技術援助をはじめた。

この時代、インスタントラーメンはすでに発売されていたが、それはチキンラーメンに代表される、麺自体にスープの素が染み込ませてあるもの富士食品工業の粉末スープ開発で、ラーメンにはじめて別添スープの素というものが登場することになったのだ!

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