10月17日(カラオケ文化の日)

カラオケ文化の日

日付は同協会の設立記念日である1994年(平成6年)10月17日から。「カラオケは我が国が生んだ最大の娯楽文化」との認識から、カラオケを通じた文化活動の支援や文化交流を行い、その普及を図ることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

カラオケのカラは「空」、オケは「オーケストラ」の略で、NHK交響楽団員らの雑談から生まれた言葉という説もある。カラオケという言葉が普及する以前は「空演奏」と表現することが多かった。

カラオケ文化

前身

現在のカラオケ形態の出現以前の1950年代から1960年代には、一部の喫茶店において、店主や専属の生バンドが楽器を演奏して客が歌う「歌声喫茶」という業態が存在していた。ただ、当時の社会運動や左翼運動(特に日本共産党)との連動が強く、現在のカラオケのように時節の流行歌を歌うものではなかった。飲食店などにカラオケ装置が設置され始め、社会運動などが退潮した1970年代には、ほとんどの「歌声喫茶」が姿を消した。

酒場の余興

1970年代のカラオケは、スナックなどの飲食業者の店舗や、ホテルの宴会場などに置かれることが多く、もっぱら酒席の余興という位置づけであった。この時期の利用者は酒の飲める世代、つまり20代以上であるが、具体的にはより年齢層が高い層であり、収録曲の多くが演歌であった。

また、1971年~1977年のFM音楽番組『日立サウンド・イン・ナウ』の人気コーナー「カラオケ・コーナー」があった。パーソナリティーは音楽家のすぎやまこういち。内容は、放送当時ヒットしている歌謡曲を市販のレコードで流し、すぎやまのトークで楽曲 の作詞、作曲、編曲、歌い方などの解説があり、その解説の後にオリジナルで使用されている「カラオケ」をフルで流すというものである。当時は音楽用CDはまだ存在せずアナログレコードの時代で、オリジナルの「カラオケ」の存在や、カラオケという言葉は世間の人には知られていなかった。この「カラオケ・コーナー」と、生中継の「カラオケ・ゲーム」などの放送で、同番組の聴取者を中心に「カラオケ」という言葉や、歌謡曲などに多用されるカラオケ音源の存在が知られていくことになる。

カラオケボックスの広がり

1980年代半ば、カラオケのみを専門的に提供する、カラオケボックスという事業形態が誕生した。酒のついでにカラオケを楽しむのではなく、純粋にカラオケで歌うために赴く場所であり、それ以前の概念を根底から覆す画期的な業態だった。カラオケボックスは、学生のコンパやサラリーマンなどの懇親会の二次会の会場としてよく利用される、日本人の娯楽の代表の一つとなった。

岡山県において、廃車になった貨物列車/トラックのコンテナを改造して設置したのが始まりとされる。1990年代以降は通常の建築物内にカラオケ専門ルームを設えるタイプが主流である。

オリコン週間カラオケランキング長期ランクイン楽曲
1994年12月26日付〜2018年5月28日付、週間50位以内のランクイン週数にて算出[12]。

順位  通算ランクイン週数  曲名  アーティスト
1位 872週  天城越え 石川さゆり
2位 800週  チェリー スピッツ
3位 743週  ハナミズキ 一青窈
4位 709週  I LOVE YOU 尾崎豊
5位 707週 小さな恋のうた MONGOL800

カラオケのイメージビデオに携帯電話が出ない理由

カラオケで曲を入力すると、今は本人のプロモーションビデオの映像が流れることが多いですが、少し古めの曲では、その曲に合わせたイメージビデオが流れます。
このイメージビデオの中に「携帯電話」が登場しないのにお気づきでしょうか。

カラオケのプロモーションビデオは、一度撮影されたものは時代が移り変わろうが再撮影されることはありません。90年代のヒット曲用に作られたイメージビデオは現在もそのまま使われているのです。

撮影サイドは始めから取り直す必要がないようにイメージビデオの撮影に望みます。そのアイディアの一つとして、携帯電話を映像に映さない事なのです。時代によって車や服装、街並みなども変化がありますが、その中でも携帯電話ほど、この10年で外見が大きく変わっているものはありません。

古めかしい分厚く大きい携帯電話を見て、古臭い映像だなと思われないように、最初から映像には映していないのです。それにより、再撮影する手間も省かれているのです。

うまく歌う不思議

カラオケで上手に歌うには、マイクと反対側の手にビールジョッキなどの重いものを持っていると、筋肉の仕組みで高音が出やすい。

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