9月23日

9月23日(くがつにじゅうさんにち)はグレゴリオ暦で年始から266日目(閏年では267日目)にあたり、年末まであと99日ある。

おいしい小麦粉の日

東京都千代田区有楽町に本社を置き、お菓子作りの材料や資材を扱う株式会社富澤商店が制定。

日付は小麦粉の用途として代表的な「パン」が日本に伝わったのが1543年9月23日の「鉄砲伝来」の時との説から。日本で一番小麦粉の取り扱い種類が多い小売店として、多種多様な小麦粉のおいしさ知ってもらうことが目的。記念日は2018年(平成30年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

小麦粉とは、小麦を挽いて作った穀粉(こくふん)である。主に食用で利用されており、うどん粉、メリケン粉と呼ばれることもある。英語では穀物の中でも最も多く製粉されるため単にflour(穀粉)と呼ぶことが多い。人類による利用は古代エジプトにみられ、西洋圏では広く利用され、日本でも粒食(つぶしょく・りゅうしょく)と並んで中世後期には利用されていた。

原料に使用する小麦の性質、使用する部位、挽き方により異なる呼称(こしょう)があり、適した用途も異なる。主なものとして、形成されるたんぱく質のグルテンの量と性質により、強力粉、中力粉、薄力粉などに分類される。

歴史

古代エジプトの壁画にも小麦の収穫の模様が描かれるほど、人類と小麦の歴史は古く、人類初の作物のひとつとされる。紀元前3,000年頃の古代エジプトでは、既に無発酵のパンが食べられていた記録が残っている。紀元前600年頃の古代オリエント時代には回転式の石臼が考案され、それまでは石の間に挟んで押しつぶす形での製粉であったことから劇的に変わったといえる。

産業革命以降、蒸気機関の利用により、製粉はより大規模となり、世界に流通し、19世紀には、現代でも使用されている製粉機が誕生し、効率・品質ともにより向上した。

日本列島では縄文時代に石皿・磨石を用いて植物や堅果を粉砕し食すという、粉食習慣が行われていた。弥生時代に稲作農耕が開始されると石皿・磨石が消失し、米や大麦・雑穀などの穀物は粒のまま食する粒食に変化した。小麦は弥生時代以降には日本列島に伝来し、古代には麺類も貴族の間で食されている。中世前期には、こね鉢・すり鉢などの加工具が再び出現し、さらに中世後期には石臼も出現し、僧や武士、庶民の間でも粉食習慣が復活した。江戸時代にはうどん・蕎麦などが食されている。

近代には、戦後の食糧不足対策としてという名目ではあるが、アメリカの小麦戦略から余剰分を援助物資として供給され、学校給食でパン食が取り入れられたことなどからパン食の食習慣が広まった。

メリケン粉とうどん粉の違い

日本産の小麦を製粉したものをうどん粉、アメリカから輸入した小麦を製粉したものをメリケン粉と呼んでいた。メリケンはアメリカン(American)のことで、英語発音がそう聞こえるためである。この名残で、関西などでは今もこう呼称することが多い。

明治の頃、国内生産のものは褐色で粉粒が粗くパン作りには向かなかった(当時の精製技術(水車製粉)では真っ白にはならなかった)。そこで、アメリカから白く精製されたものを輸入していた。

現在、日本では料理用として薄力粉(天ぷら粉など)が普及しているが、強力粉以外をうどん粉と呼ぶ場合が多い(中力粉または薄力粉の意味)。

以前は『うどん粉』『メリケン粉』の名称で発売されていたが、現在は『小麦粉』または『薄力粉』『強力粉』という呼称にほぼ統一されている(「薄力粉」と「強力粉」は粘質性が異なるため、質によって呼称を遣い分けている)。観光客向けの土産物店やアンテナショップといった一部の店舗では現在でも『うどん粉』の名称で販売されていることがあるが、『メリケン粉』の名称で販売されている製品は既に存在しない。『メリケン粉』の名称で最後まで発売していたメーカーは熊本県熊本市の五木食品である

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