9月5日(国民栄誉賞の日)

国民栄誉賞の日

国民栄誉賞(こくみんえいよしょう)は、日本の内閣総理大臣表彰のひとつ。賞の運用は1977年(昭和52年)8月に定められた国民栄誉賞表彰規程に従って行われ、当時の首相・福田赳夫(ふくだ たけお)により創設された。これまでに26人と1団体が受賞している。

内閣総理大臣や政権による表彰としては、本賞成立以前の1966年(昭和41年)に当時の総理大臣・佐藤栄作が創設した「内閣総理大臣顕彰」があったが対象が限定されており、プロスポーツ選手は対象外だったが、福田赳夫首相が通算本塁打の世界記録更新を控えたプロ野球選手・王貞治を表彰しようと発案した。

概要

本賞は、1977年(昭和52年)8月30日に内閣総理大臣決定で制定された国民栄誉賞表彰規程に基づいており、その目的は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されている。表彰の対象は、「内閣総理大臣が本表彰の目的に照らして表彰することを適当と認めるもの」であり、かなり幅広い解釈が可能である。最初の授賞者である王が中華民国籍である(2020年現在も帰化していない)ことからも明らかなように、日本国籍の所持は要件にない。また公開されている授与基準の他に、「これまで功績を積み重ねてきた上に、さらに歴史を塗り替える、突き抜けるような功績をあげた」という「暗黙の了解」を満たしていることも必要だという。

本賞の表彰の仕方を定めた国民栄誉賞表彰規程実施要領では表彰の候補者について、「民間有識者の意見を聞く」と定めており、首相の要望だけでは決められない仕組みになっている。有識者は授賞対象者に合った分野から選ばれ、順番に意見が聴取されるという。また、授賞に先立って本人(故人の場合には関係者)への打診が行われ、正式な検討手続きは受賞の意思が確認された後に開始される。

受賞者には「表彰状及び盾」の正賞のほか、「記念品又は金一封」が副賞として贈られる。ただし、これまで「金一封」で授与された者がいないため、明確な金額は現在まで(贈られる側からは勿論のこと、贈る側の政府からも)公表されていない。ほぼ全ての報道関係者が「およそ100万円」と考察しているが、基準も目安も不明なため現状において推測に過ぎない。羽生結弦(はにゅう ゆづる)が副賞のどちらも辞退した例はあるものの、すべて記念品の贈呈となっており、多くは銀製品や時計で、そのほか王には鷲の剥製、2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表には熊野筆の化粧筆7本、吉田沙保里には真珠のネックレス、振袖で表彰を受けた伊調馨には西陣織による金色の帯が贈られている。

贈呈・表彰式は慣例で内閣総理大臣官邸で開催されるが、2013年(平成25年)5月5日に実施された長嶋茂雄・松井秀喜両名への贈呈は特例として東京ドームにおける読売ジャイアンツ(巨人)主催公式戦の中で松井の引退式を兼ねて実施された(この日の贈呈式において安倍晋三首相はサンケイ・アトムズ(現:東京ヤクルトスワローズ)のファンでありながら巨人のユニフォームを着用し、しかも審判役で参加している)。

国民栄誉賞 受賞者一覧

  1. 王貞治(プロ野球選手/1977年9月5日/福田赳夫内閣)
    プロ野球でホームラン世界記録(756本)達成
  2. 古賀政男(作曲家/1978年8月4日/福田赳夫内閣)
    数多い「古賀メロディー」作曲による業績
  3. 長谷川一夫(俳優/1984年4月19日/中曽根康弘内閣)
    卓越した演技と映画演劇界への貢献
  4. 植村直己(冒険家/1984年4月19日/中曽根康弘内閣)
    世界5大陸の最高峰登頂などの実績
  5. 山下泰裕(柔道選手/1984年10月9日/中曽根康弘内閣)
    柔道の分野で前人未踏の記録達成
  6. 衣笠祥雄(プロ野球選手/1987年6月22日/中曽根康弘内閣)
    プロ野球の連続試合出場で世界新記録達成
  7. 美空ひばり(歌手/1989年7月6日/宇野宗佑内閣)
    歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた
  8. 千代の富士貢(大相撲力士/1989年9月29日/海部俊樹内閣)
    通算勝ち星最高記録更新、相撲界への著しい貢献
  9. 藤山一郎(歌手/1992年5月28日/宮沢喜一内閣)
    歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与え、美しい日本語の普及に貢献
  10. 長谷川町子(漫画家/1992年7月28日/宮沢喜一内閣)
    「サザエさん」を通じて戦後の日本社会に潤いと安らぎを与えた
  11. 服部良一(作曲家/1993年2月26日/宮澤喜一内閣)
    数多くの歌謡曲を作り、国民に希望と潤いを与えた
  12. 渥美清(俳優/1996年9月3日/橋本龍太郎内閣)
    映画「男はつらいよ」シリーズを通じ人情味豊かな演技で国民に喜びと潤いを与えた
  13. 吉田正(作曲家/1998年7月7日/橋本龍太郎内閣)
    「吉田メロディー」の作曲により、国民に夢と希望と潤いを与えた
  14. 黒澤明(映画監督/1998年10月1日/小渕恵三内閣)
  15. 数々の不朽の名作が国民に深い感動を与え、世界の映画史に輝かしい足跡を残した
  16. 高橋尚子(陸上競技選手/2000年10月30日/森喜朗内閣)
    2000年シドニー五輪女子マラソンで優勝し、陸上競技で日本女子初の金メダルを獲得
  17. 遠藤実(作曲家/2009年1月23日/麻生太郎内閣)
    広く国民に愛される多数の歌謡曲を世に送り出し、国民に希望と潤いを与えた
  18. 森光子(俳優/2009年7月1日/麻生太郎内閣)
    「放浪記」で2000回を超える主演を務め、国民に夢と希望と潤いを与えた
  19. 森繁久彌(俳優/2009年12月22日/鳩山由紀夫内閣)
    芸能分野の第一線で長年活躍し、優れた演技と歌唱により国民に夢と希望を与えた
  20. なでしこジャパン(女子サッカーチーム/2011年8月18日/菅直人内閣)
    最後まで諦めない姿勢でワールドカップを制し、東日本大震災の被災者らに困難に立ち向かう勇気を与えた
  21. 吉田沙保里(レスリング選手/2012年11月7日/野田佳彦内閣)
    世界選手権と五輪合わせて13大会連続世界一を達成、国民に深い感動と勇気を与えた
  22. 大鵬幸喜(大相撲力士/2013年2月25日/安倍晋三内閣)
    史上最多の32回優勝を達成、昭和の大横綱として国民的英雄となり夢や希望を与えた
  23. 長嶋茂雄(プロ野球選手・監督/2013年5月5日/安倍晋三内閣)
    野球史に残る輝かしい功績と顕著な貢献。国民的スターとして社会に明るい夢と希望を与えた
  24. 松井秀喜(プロ野球選手/2013年5月5日/安倍晋三内閣)
    野球界に世界的な功績と新たな足跡を残し社会に大きな感動と喜び、青少年に夢と希望を与えた
  25. 伊調馨(レスリング選手/2016年10月20日/安倍晋三内閣)
    五輪史上初の女子個人4連覇という世界的偉業を成し遂げ、深い感動と勇気を与えた
  26. 羽生善治(将棋棋士/2018年2月13日/安倍晋三内閣)
    将棋界初の永世7冠という歴史に刻まれる偉業を達成し国民に夢と感動を与えた
  27. 井山裕太(囲碁棋士/2018年2月13日/安倍晋三内閣)
    囲碁界初の2度の7冠同時制覇という歴史に刻まれる偉業を達成し国民に夢と感動を与えた
  28. 羽生結弦(フィギュアスケート選手/2018年7月2日/安倍晋三内閣)
    フィギュアスケート男子シングルで66年ぶりの五輪連覇など、歴史に残る快挙で希望と勇気を与えた

辞退した人物

賞の歴史上、以下の人物が受賞を辞退したことが明らかになっている。

福本豊 – 1983年(昭和58年)6月に当時の世界記録となる通算939盗塁を達成。中曽根康弘首相から授与を打診されたが、「そんなんもろたら立ちションもでけへんようになる」(本人談)として辞退した。日本全国向けには「呑み屋に行けなくなる」と報道された。実際は「王さんのような野球人になれる自信がなかった。記録だけでなく広く国民に愛される人物でないといけないと解釈した」という心中を語っている。なお大阪府知事の賞詞は受賞している。
古関裕而 – 1989年(平成元年)の没後に授与が遺族に打診されるも、古関の遺族が辞退している[26]。古関の長男は「元気に活動している時ならともかく亡くなったあとに授与することに意味があるのか」と没後追贈に疑問を持ったことを辞退の理由とした。
イチロー – 2001年(平成13年)、メジャーリーグで日本人選手史上初となるMVPを獲得する活躍を見せたことにより、第1次小泉内閣から授与を打診されたが、「まだ若いので、できれば辞退したい。いただけるものなら、野球人生が終わったときにいただけるよう頑張りたい」と固辞した。イチローは2004年(平成16年)にもメジャーリーグのシーズン最多安打記録を更新したことから授与を検討されたが、野球を続けている間は受け取らない意志を示し、再度固辞した。その後、2019年(平成31年)3月にイチローが現役引退したことを受け、政府が再々度打診するも、やはり固辞した。イチロー本人は代理人を通して「人生の幕を下ろしたときにいただけるよう励みます」とコメントを残した。2019年11月、安倍晋三(第4次安倍内閣 (第2次改造))との会食の際に4度目の打診が行われ、これも固辞したとの報道があった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました