7月20日

7月20日(しちがつはつか、しちがつにじゅうにち)は、グレゴリオ暦で年始から201日目(閏年では202日目)にあたり、年末まであと164日ある。誕生花はナス、ルコウソウ。

歴史

昭和23年 – 国民の祝日に関する法律(祝日法)が公布・施行。9つの国民の祝日が誕生。

元日1月1日年のはじめを祝う。
成人の日1月の第2月曜日おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。
建国記念の日政令で定める日建国をしのび、国を愛する心を養う。
天皇誕生日2月23日天皇の誕生日を祝う。
春分の日春分日自然をたたえ、生物をいつくしむ。
昭和の日4月29日激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。
憲法記念日5月3日日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。
みどりの日5月4日自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。
こどもの日5月5日こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。
海の日7月の第3月曜日海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う。
山の日8月11日山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する。
敬老の日9月の第3月曜日多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。
秋分の日秋分日祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。
スポーツの日10月の第2月曜日スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう。
文化の日11月3日自由と平和を愛し、文化をすすめる。
勤労感謝の日11月23日勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。

昭和46年 – マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。

日本マクドナルドによる公式な略称は発表されていない。「マック」と「マクド」について、「どちらが正しいというものではない」「正解はない」と同社では説明している[18][19]。客による呼称は地域差があり、近畿地方と周辺では「マクド」呼称が多く、東日本や九州などでは「マック」呼称の傾向である。販売商品は「ビッグマック」「マックシェイク」などがあることを理由に「マック」の方を肯定する向きもある。

フランスでは「マクド」と略され、「マック」は売春の仲買人やポン引きの隠語になるため避けられる。

平成2年 – 大阪府大阪市港区に水族館「海遊館」が開館。

海遊館の開業前に名称を一般募集したが、そのほとんどが全国の水族館でありきたりな「マリン〜」のような類で、「海遊館」は1票だけであった。票の多い「マリン〜」に決まりかけた時、名称選定委員会の一員であった上沼が「(当時インテックス大阪で行われていた)夢工場というイベントが大した内容でもないのに異常な盛況となったのは、『夢工場』と聞くと頭に漢字が3つ印象に残るからである、水族館の名称として全国にいくらでもある『マリン〜』ではなくインパクトのある『海遊館』にした方が当たる」と述べて反対し、最終的に「海遊館」に決定した。

メニュー

味噌ラーメン

札幌の味噌ラーメンは、札幌市内の大衆食堂『味の三平』店主の大宮守人によって昭和30年に考案された。

大宮は、雑誌『リーダーズ・ダイジェスト』に掲載された、スイスの食品メーカー・マギー社の社長の「日本人は味噌をもっと料理に活用するべき」という文章を目にして以来、味噌を用いたラーメンの開発に従事する。日本各地から味噌を取り寄せたり、試作品を常連客に出して意見を聴くなど試行錯誤を重ねた末、昭和38年に店のメニューに正式に「味噌ラーメン」が載ることとなった。

それまでの北海道での主流であった豚骨醤油と異なる、豚骨スープに味噌を加えた味噌ラーメンを、昭和40年に東京と大阪の髙島屋で開催された物産展にて実演販売したところ来場者の関心を集めた。

その後、昭和42年にはホッコク(後のアスラポートどさん子事業本部)が運営する「どさん子ラーメン」が全国にラーメン店のフランチャイズ展開を開始、昭和43年にはサンヨー食品がインスタントの味噌ラーメンである「サッポロ一番みそラーメン」の販売を開始するなど、フランチャイズとインスタントラーメンという流通形態が味噌ラーメンの全国的な知名度獲得を牽引し、これら一連の流れにより、味噌ラーメンは北海道のご当地ラーメンとして認識されるところとなった。

なお、特別メニューの豚汁を客の要望でラーメンに入れた際に客が大満足だったということにヒントを得たという情報が流布しているが、大宮の息子の現『味の三平』店主は否定している。

ラーメンと中華そばの違いとは?

世の中には「中華そばはしょうゆ味でラーメンよりあっさりしている」などの情報があります。しかし、実はラーメンと中華そばに違いはなく呼び方が違うだけの同じ食べ物なんです。そのため、ラーメンの方が味が濃い、中華そばは細麺、などの違いは全くありません

 一方で、同じ食べ物なのに複数の呼び方があるのはなんだか不思議な感じがしますよね。なぜ様々な呼び方があるのかというと、ラーメンは時代によって呼び方が変わってきたからなのです。

【中華そばや支那そばとは?】

 まずは「中華そば」や「支那そば」について解説します。

 実は、ラーメンの最初の呼び方は「中華そば」や「支那そば」でもなく、「南京そば」だったそうです。

「南京」「支那」「中華」などの言葉は、全て中国を意味する言葉ですよね。

 そして、ラーメンが日本に伝わったころの日本には麺料理として「そば」が存在していました。

 そのため、日本のそばと中国のそばを区別するために、中国から伝わったそばを「南京そば」と呼んでいたのです。そして、中国が「China」ということから「支那(しな)」と呼ばれるようになったころには、「支那そば」と呼ばれるようになりました。

 ちなみに「シナチク」についても、中国(支那)の麻竹(マチク)を原料に作られたことから「支那竹(シナチク)」と呼ばれています。その後、支那が中国の蔑称だという考えが広まって自粛するようになると、今度は「中華そば」と呼ばれるようになったのです。

 このように、ラーメンはその時代によって様々な呼び方がされていたんですね

【ラーメンという呼び方が広まったきっかけ】

 現在では「ラーメン」という呼び方が定着していますが、日本にラーメンという呼び方が定着したのは意外にも戦後のことでした。

 今も根強い人気を誇っている「チキンラーメン」ですが、チキンラーメンが発売した当初は爆発的な人気がありました。

 そして、チキンラーメンが大ヒットしたことにより、中華そばという呼び方が次第に「ラーメン」へと変化していったのです。

 また、ラーメンという呼び方が広まったきっかけが、チキンラーメンと同様の即席麺である「サッポロラーメン」だったという説もあります。

 いずれにせよ、戦後の即席ラーメンブームによって、ラーメンという呼び方が広まっていったとされているんですね。

ラーメンの語源

 最後に「ラーメン」という言葉の語源についてです。

「ラーメン」という言葉自体にも語源は諸説ありますが、最も有力な説は中国語を語源とする説です。

 中国語の「拉(ラー)」には「引っ張る」という意味があり、「麺(メン)」には「小麦粉」という意味があります。

 つまり「小麦粉を引っ張る」ということで、麺の製法がそのまま料理名になっているということですね。また、日本ではラーメンは汁に入れられて完成されたものですが、中国ではラーメンといえば麺のみのことを意味します。

 そのため、中国ではラーメン(麺)を汁に入れたもの、つまり日本でいうラーメンは「湯麺(タンメン)」と呼ばれています

アスパラのお浸し

アスパラガス(竜髭菜、Asparagus spp.)とは、被子植物の中の単子葉植物に属する多年生草本植物である。クロンキスト体系ではユリ科に含めているが、分子系統学によるAPG植物分類体系ではキジカクシ科に属している。雌雄異株である。

葉のように見えるものは実際は極端にほそく細かく分枝した茎であり、本来の葉は鱗片状に退化している。

おにぎり

おじやと雑炊の違い

おじやは室町時代に宮中に使える女性たちが使っていた丁寧語で、上品な言葉遣いの女房言葉ともいわれている。雑炊を煮ているときに「じやじや」という音が聞こえ、その音を丁寧な女房言葉をつかい、頭に「お」をつけ「おじや」になったのだ。

一方で雑炊は、もともと「増水」という言葉からきている。

なぜ「増水」なのかというと、昔は今のように食料(主にお米)が豊富になかった。そのため、少しでもお腹を満たそうとお米にいろいろな具材や調味料を入れ炊いていた。ここから、「雑炊」という言葉になったのだ。

アップルゼリー

お菓子作り

水まんじゅう

水まんじゅう(みずまんじゅう)とは、葛粉を生地に使用した饅頭。岐阜県大垣市の名物として知られている。

同様の商品については、実は大垣以外の地域では「葛饅頭」という名称が通常使用されていたことから、「水まんじゅう」

大垣市を代表する和菓子。柔らかい水まんじゅうを猪口に流し入れて、井戸舟と呼ばれる水槽で冷やしながら販売する様子は、かつては大垣の夏の風物詩であった。

販売期間はおおよそ4月頃~9月頃。老舗の販売店としては1755年(宝暦5年)創業のつちや、1798年(寛政10年)創業の金蝶園総本家、1862年(文久2年)創業の餅惣などが知られている。

同じ葛粉を使用した饅頭には葛饅頭があるが、水まんじゅうは水に強い蕨粉を生地に混ぜている点で異なる[2]。そのため水まんじゅうは葛饅頭に比して柔らかく、生地が厚くなっている[3]。葛粉と蕨粉の配合は店ごとに異なるため食感には違いがあり、大垣市で毎年7月に開催される「大垣菓子博」では大垣水まんじゅう製造組合に所属する和菓子店の「食べ比べセット」が販売されている。

奈良県御所市の「御所まち」では、「大神宮さん」のお祭りが行われる6月16日から夏の間、笹の葉にくるんで冷やした水まんじゅうが地域の和菓子店で販売される。

歴史

大垣は古くから豊富で質の良い地下水に恵まれて「水の都」と呼ばれており、庶民が水菓子を楽しむ風習が江戸時代末期には存在していた[2]。明治30年頃、和菓子屋の上田文七が葛餅を原型に名水を生かした和菓子を考案し、水に浸けても流れないよう改良したことが水まんじゅうの起源とされている[2]。

1995年(平成7年)には大手製パン業者が「水まんじゅう」の商標を特許庁に出願[2]。商標が認められると観光資源が損なわれると判断した地元業者らは、対策委員会を設けて「発祥の地」である証明書を集めて異議申し立てを行った[2][4]。その結果申し立てが認められ、出願は取り下げられた[2]。

コメント

タイトルとURLをコピーしました