7月6日(メロンの日)

7月6日(しちがつむいか)はグレゴリオ暦で年始から187日目(閏年では188日目)にあたり、年末まであと178日ある。誕生花はツユクサ、トキソウ。

歴史

平成元年 – 歌手の美空ひばりに国民栄誉賞が贈られる(没後追贈)。

美空 ひばり(みそら ひばり、昭和12年5月29日 – 平成元年6月24日)

12歳でデビューして「天才少女歌手」と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台などで活躍し自他共に「歌謡界の女王」と認める存在となった。昭和の歌謡界を代表する歌手であり[3]、女性として史上初の国民栄誉賞を受賞した。(美空ひばりは没後の1989年の7月2日に受賞)本名は加藤 和枝(かとう かずえ)。愛称は御嬢(おじょう)。身長147cm。

国民栄誉賞

国民栄誉賞(こくみんえいよしょう)は、日本の内閣総理大臣表彰のひとつ。賞の運用は昭和52年8月に定められた国民栄誉賞表彰規程に従って行われ、当時の首相・福田赳夫により創設された。これまでに26人と1団体が受賞している。

内閣総理大臣や政権による表彰としては、本賞成立以前の昭和41年に当時の総理大臣・佐藤栄作が創設した「内閣総理大臣顕彰」があったが対象が限定されており、プロスポーツ選手は対象外だったが、福田赳夫首相が通算本塁打の世界記録更新を控えたプロ野球選手・王貞治を表彰しようと発案した。

受賞者には「表彰状及び盾」の正賞のほか、「記念品又は金一封」が副賞として贈られる。ただし、これまで「金一封」で授与された者がいないため、明確な金額は現在まで(贈られる側からは勿論のこと、贈る側の政府からも)公表されていない。ほぼ全ての報道関係者が「およそ100万円」と考察しているが、基準も目安も不明なため現状において推測に過ぎない。羽生結弦が副賞のどちらも辞退した例はあるものの、すべて記念品の贈呈となっており、多くは銀製品や時計で、そのほか王には鷲の剥製、2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表には熊野筆の化粧筆7本、吉田沙保里には真珠のネックレス、振袖で表彰を受けた伊調馨には西陣織による金色の帯が贈られている。

令和元年 – 百舌鳥・古市古墳群がユネスコの世界文化遺産に登録される。

百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群-(もず・ふるいちこふんぐん -こだいにほんのふんぼぐん-)は、大阪府堺市、羽曳野市、藤井寺市にある45件49基の古墳群の総称。百舌鳥古墳群及び古市古墳群に含まれる。

2019年7月6日の第43回世界遺産委員会で正式に世界文化遺産に登録された。名称は「百舌鳥・古市古墳群」とも略称される。

百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録がもたらす経済波及効果は400億円とも1000億円も試算され、世界遺産を観光資源と位置付ける遺産の商品化は立入不可で一見すると観光資源になりえなそうだが、間接的には古墳カレーやMOZU-FURU CARD、さまざまな古墳グッズのような関連商品がすでに登場している。

世界遺産への登録勧告が出されて以降は、高所から全貌を一望したいとの要望が高まり、行政も遊覧飛行などの検討を始めた。

誕生日

昭和23年 – 瀬川瑛子、演歌歌手

瀬川 瑛子(せがわ えいこ、本名:清水 瑛子、旧姓:(瀬川)、1947年7月6日 – )は、日本の演歌歌手・女優。歌手瀬川伸の次女。身長168cm、血液型B型。既婚。

  • 東京都渋谷区出身。
  • 昭和58年には、ちあきなおみや細川たかしらとの競作「矢切の渡し」が30万枚を売り上げる。
  • 端々で見受けられるズレたコメントセンスなどの天然要素とマイペースさがウケ、バラエティ番組にも多数出演
  • 趣味は麻雀。この時ばかりは人物が豹変し、役作りや聴牌をハイペースで行なう。
  • 東京都出身だが、先述の「長崎の夜はむらさき」がヒットした時期より長崎県出身と公表していた。デビュー50年目の2016年に東京都出身を打ち明けている。
  • 昭和61年には夫婦の情愛を描いた「命くれない」が1987年度オリコンシングルチャート年間1位を記録し、ミリオンセールスを記録して大ヒット。
  • 飼っているペットはヨークシャーテリア。

大正9年 – ミヤコ蝶々、女優、漫才師(+ 2000年)

ミヤコ 蝶々(ミヤコ ちょうちょう、女性、大正9年7月6日 – 平成12年10月12日)は、日本の女優、漫才師。本名、日向 鈴子(ひゅうが すずこ)。東京日本橋小伝馬町生まれ。吉本興業出身。長らく上方漫才・喜劇界をリードした関西を代表するコメディエンヌであった。

  • 大正9年東京府東京市日本橋区小伝馬町(現・東京都中央区日本橋小伝馬町)生まれ。鈴子が0歳、兄が4歳のときに両親が離婚し、大正13年に父親と兵庫県神戸市へ移住した。
  • 父はデパートで家具の販売をしながら神戸・元町で小さな家具屋を営んだ。父は芸事が好きで新内節を唄ったり寄席芸人を招いては宴を楽しんでいた。
  • 昭和2年家具屋をたたみ、父親の思いつきで芝居一座を結成し、娘を座長にさせた。九州の炭坑町の小さな劇場で安来節を唄い、初舞台を踏む。
  • その後もあらゆる芸(漫才、喜劇、女剣舞、バレエ、三味線など)を身に付ける。
  • 昭和17年に吉本興業入りし一座を解散、三遊亭柳枝(さんゆうてい りゅうし)と結婚した。
  • 昭和23年に夫婦漫才コンビ結成
  • 国民的映画『男はつらいよ』の初期作品において主人公車寅次郎の実の母・キクの役を味の有る演技でこなしている。
  • 海原千里・万里(特に千里(後に上沼恵美子)を高く評価していた。1987年にリニューアルされた夫婦善哉も新司会者に上沼が起用されている。

メロンの日

全国のメロン産地の自治体が参加する「第2回全国メロンサミット in ほこた開催実行委員会」(茨城県鉾田市)が制定。

日付は6月が全国的にみてメロンの出荷量がいちばん多い時期であり、「6」という数字がメロンの形に似ていることから毎月6日に。各産地ごとにふさわしい月の6日にアピールをする。メロンの美味しさをより多くの人に知らせて消費の拡大を図ることが目的。記念日は2016年(平成28年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

メロンについて

メロンは、ウリ科キュウリ属の植物で、北アフリカや中近東地方の原産地と推定されたが、最近の遺伝子研究によれば、インドが原産地と裏付けられた。漢字では「甜瓜(てんか)」と呼ぶが、これはメロンを指すと同時にマクワウリをも含む表記である。

紀元前5世紀頃にエジプトで作られた苦味の少ないメロンが地中海を超えてヨーロッパに渡った。当時のメロンはキュウリよりは甘いという程度であり、サラダや酢漬けにされた。その後、甘いメロンが作られるまで数世紀に及ぶ改良の努力が行われた。果実を食用にする果菜類として栽培化され、かなり早くにユーラシア大陸全域に伝播した。

日本列島にも貝塚から種子が発掘されていることや、瀬戸内海の島嶼などに人里近くで苦味の強い小さな果実をつける野生化した「雑草メロン」が生育していることから、既に縄文時代に伝わり、栽培されていたと考えられている。日本では古来「ウリ(フリとも)」の名で親しまれてきた。

メロンのツルはなぜT字に切り残してあるのか

高級なメロンは「一木一果栽培」という栽培方法がとられています。これは読んで字のごとく、一本の木に対して一個の実だけを栽培し、養分をその一個に集中させる栽培方法です。そうすることで甘みがギュッと凝縮された至極の一玉が育つのです。

メロンのツタ(ヘタ)の部分は「アンテナ」と呼ばれます。このアンテナがT字型になっているのは、静岡のメロンが一木一果栽培で一株から一果とれた証拠として、側枝を残したのが始まりとされます。

アンテナはメロンの味には関係がありませんが、左右の太さが均等で、果実に対して水平になっているものが良いとされており、アンテナの良し悪しで値段が変わってきたりもします。

T字に残されたツルは、高級感を漂わせるわけではなく、本当に高級に育てられた証なのです。

いちご/スイカ/メロンは果物ではなく野菜

いちご・スイカ・メロンは野菜に分類わけされていて、その中でも果実的な利用をするため、果実的野菜として農林水産省は扱っている。

ちなみに、野菜として分類されるものの定義はこうだ。

  • 田畑に栽培されるもの
  • 副食物となること
  • 加工を前提としないもの
  • 草本性であること

明文化されてはいるが、それぞれの定義ははっきりしていないらしい。簡単にいうとこうなる。「畑で栽培できておかずになって、こんにゃくのように加工前提ではなくて草になるもの。」

いちご・スイカ・メロンがおかず…? 日本ではデザートとして食べるのが一般的ではないだろうか。

バナナは果物でもあり野菜でもある

判断が難しいのがバナナである。バナナは前述した農林水産省の分類わけと、植物学上の見解で大きな差がある。

農林水産省の分類わけによると、バナナは野菜ではなく果樹となり、果物といえる。木になっているから当然の結果だろう。

だが植物学上の見解では、バナナは果樹ではなく野菜にあたる。「バナナは木になるもの」と当然のように思っていたが、植物学上あれは木ではなく草なのである。どう考えても木だろ。そのため草になるバナナは、植物学上では野菜なのだ!

教師のみなさま、「先生〜バナナはおやつに入りますか?」と聞かれたらこう答えましょう! 「植物学上バナナは野菜で副食物となるのでおやつに入りませんが、農林水産省の分類によると果物になるためおやつに入りますよ。」小学生もタジタジである。

ちなみに私はバナナは果物という、農林水産省の分類わけを支持する。バナナが野菜として出てきたら、絶対に嫌だからだ。

トマトは「野菜か果物か」で裁判になったことがある

アメリカといえばトマトケチャップにハンバーガー。トマトはどう考えても野菜扱いなのだが、どうして果物なんて論争がおきたのだろう。

1800年代末に輸入関税法が改正されたことがきっかけといわれ、果物の関税が安く、野菜の関税は高くなってしまったのだ。

トマトを輸入していた商人たちは、このままだとトマトの関税が高くなると焦っていた。そこで、トマトは果物だと言い張って関税を安くしようと思いついたのだ。

1893年、アメリカの農商務省と輸入業者がトマトをめぐって激突したニックス・ヘデン裁判は、1審・2審を経て、ついに最高裁までもち越されたという。その結果は…「トマトは野菜!」

判定の理由は「トマトはデザートにはならないから」。

イギリスやフランスではトマトは「果物」

イギリス・フランス・そして台湾。トマトを果物として扱う国である。世界的に見れば、もっとたくさんの地域でトマトを果物扱いしているかもしれない。

台湾
台湾では特にミニトマトが果物扱いだ。カットフルーツと一緒にトマトも同じお皿で提供されるし、フルーツ屋台でミニトマトが果物と並んで売られている。

イギリス
オックスフォード大学出版局が発行する「オックスフォード英語辞典」に、トマトとは「果汁が多く赤い薄い皮を備えた柔らかな果物。野菜としても生でも調理しても食べられる」と記載されている。あくまで果物前提だ。

フランス
フランスでは普通のスーパーでもトマトの品種が20~30種類はざらにあるらしく、味わいによって選べる。糖度の高い種類はとても甘いそうなので、果物扱いされるのも納得だ。

ミニトマトを砂糖漬けにしたり、トマトのケーキがあったり、最近ではたしかにおしゃれなフルーツ扱いされているのを見かける。筆者的には、塩をふりかけてかじりつきたい派なので、トマトは野菜だと確信している。

最近では台湾人と結婚した卓球選手の福原愛さんが、ご主人とミニトマトが果物かどうかで言い合いになったそうだ。国際結婚したカップルは要注意! 夫婦ゲンカにならないことを祈っている。

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