7月1日(豊田商事)

7月1日は、グレゴリオ暦で年始から182日目(閏年では183日目)にあたり、年末まであと183日ある。

歴史

紀元前776年 – 古代オリンピック第1回大会開催。

古代オリンピックは、古代ギリシアのエーリス地方、オリュンピアで4年に1回行われた当時最大級の競技会。

最盛期にはギリシア世界各地から選手が参加した。ギリシア人はこれを格別に神聖視し、大会の期間およびそれに先立つ移動の期間、合計3ヶ月ほどをオリュンピア祭のための休戦期間に挙げた。またギリシア語資料では広くオリュンピア祭の回数、すなわちオリンピアードをもって年を数えることが行われる。ギリシア人の血筋を持つ者しか参加が許されず、罪を犯した者も参加できなかった。

最初のオリンピック種目

古代オリンピックで最初に行われた競技は、1スタディオン(約191m)のコース を走る「競走」でした。オリンピアの聖地には、競走のための「スタディオン」が築かれていました。スタディオンは長さ約215m、幅約30mの広場を高い盛り土がスタンドのように囲んだ施設(貴賓席として白い大理石のベンチも用意されていた)です。1スタディオンという距離は、このスタディオンの競技場が基準となった単位なのです。

 紀元前776年の第1回大会から紀元前728年の第13回大会まで、古代オリンピックで開かれていたのは競走1種目だけでした。1スタディオンはゼウスの足裏600歩分に相当し、ヘラクレスがこの距離を実測したとも伝えられています。

昭和60年 – 豊田商事が破産。

豊田商事事件(とよたしょうじじけん)は、1980年代前半に発生した、豊田商事による金の地金を用いた悪徳商法(現物まがい商法)を手口とする組織的詐欺事件である。

高齢者を中心に全国で数万人が被害に遭い、被害総額は2,000億円近くと見積もられている。当時、詐欺事件としては最大の被害額である。強引な勧誘によって契約させられた挙句に老後の蓄えを失った被害者も多い。

また、この詐欺事件が社会問題化したさなかの1985年6月18日、豊田商事会長の永野一男が、事件を取材中のマスコミの目前で殺害される事件が発生した。

客は金の地金を購入する契約を結ぶが、現物は客に引き渡さずに会社が預かり「純金ファミリー契約証券」という証券を代金と引き替えに渡す形式をとった。このため客は現物を購入するのか確認できず、実態は証券という名目の紙切れしか手元に残らない現物まがい商法(ペーパー商法)と言われるものであった。豊田商事の営業拠点には金の延べ棒がこれ見よがしに積まれていたが、のちの捜査によってそれは「ニセモノ」であったことが明らかになっている。
また勧誘においてはおもに独居老人が狙われたのも特徴だった。まず電話セールスで無差別に勧誘し、脈ありと判断すると相手の家を訪問する。家に上がると線香をあげたり身辺の世話をしたり「息子だと思ってくれ」と言って人情に訴えるなど相手につけ込み、インチキな契約を結ばせていった。

豊田商事会長刺殺事件

昭和60年6月18日、大阪市北区にあった豊田商事会長・永野一男の自宅マンションの玄関前に「今日逮捕」との情報を聞きつけてマスコミ取材班が集まっていた。

同日16時30分すぎ、詐欺被害者の元上司に当たる男2人(以降、IとY)が永野の部屋の前に姿を現した。2人は張り込んでいたガードマンに「永野に会わせろ」と要求。連絡を取るためにガードマンが階下に下りたあと、2人は元部下の被害者6人から「もう金はええ、永野をぶっ殺してくれ」と頼まれたと報道陣に語った。

そして通路に面した玄関横の窓のアルミサッシを蹴破り、窓ガラスを割って侵入。永野の頭部など全身13か所を銃剣で刺した。大勢のマスコミが生放送したが、誰も止めようとはしなかった。部屋から出た犯人らは、「おい警察呼べはよ。俺が犯人や」と報道陣に語り、マンションから出たところで大阪府警天満署員に殺人の現行犯で逮捕された。

さらにマスコミの質問に答えたあと、エレベーターに乗り、マスコミにタバコを要求した。そして、駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。永野は直ちに病院へ運ばれたが腹部を刺されたのが致命傷となり、事件発生から約45分後の17時15分、出血多量で死亡した。このときの永野の所持金はわずか711円だった。

毎日放送報道局社会部の記者として永野の部屋の前の廊下に居合わせた西村秀樹(現在は近畿大学客員教授)は、加害者(IおよびY)へのインタビューを試みる一方で、近隣の住民を通じて現場を管轄する天満警察署へ通報した。現場界隈を警ら活動中だった同署の巡査にその一報が伝わったことから、加害者の逮捕に至った。逮捕の直前には、通報を受けて駆けつけた警察官に向かってマンションの入口で「(加害者を)早く逮捕せいや」などと叫んだところ、加害者から殴打されるという一幕もあった。西村の証言によれば、豊田商事事件の捜査を兵庫県警察が一手に担っていたことなどから、大阪府警察では現場のマンションを特に警備していなかったという。

永野が惨殺された際の映像(永野は室内にいたため殺害そのものの様子は写らなかったが、上記の犯人の侵入の様子および窓際に置き去りにされた血まみれの永野がストレッチャーで運ばれる様子が映像に残された)はNHKニュースや民放テレビ各局で中継された。このとき、日本放送協会は「子供には見せないでください」と慌ててアナウンサーが呼びかけた。その後発売された『FOCUS』では、犯人の1人が血まみれで断末魔の形相の永野を抱え、もう1人が銃剣を持つ写真が誌面を飾った。

読売新聞が読者投票で選ぶ1985年の日本10大ニュースでは、この惨殺事件が日本航空123便墜落事故に次いで第2位に選ばれた

その後の詐欺事件の捜査で、豊田商事が集めた金のほとんどが流用され残っていなかったことが判明するが、最高幹部が死亡したため金の流れに関して解明が難しくなった。結果的に捜査に支障をきたしたため、犯人は関係者に口封じのために殺人を依頼されたのではないかといった憶測も流れた。

昭和61年3月12日、大阪地方裁判所でIに対し懲役10年、Yには懲役8年の実刑判決が言い渡された。

誕生日

明石家さんま

明石家 さんま(あかしや さんま、昭和30年7月1日 – )は、日本のお笑いタレント。吉本興業所属。本名は杉本 高文(すぎもと たかふみ)で、番組企画・構成等では本名名義でクレジットされることもある。和歌山県串本町出身で、奈良県奈良市育ち。

元々は落語家を志して2代目笑福亭松之助の弟子となり、高座名・笑福亭さんまとしてデビューするが、師匠の推薦でタレントに転向し、屋号を明石家に変えた。1970年代後半から現在まで芸能界の第一線で活躍を続けている国民的お笑いスターの1人であり、ビートたけし・タモリと並び「お笑いBIG3」の1人に称される。

  • 昭和30年に和歌山県串本町の水産加工業の次男として生まれる
  • 中学生相撲大会で2位になったことがある
  • 昭和51年1月、テレビデビューを果たす。「11PM」の20歳を迎える上方落語家をスタジオに集めてトークする企画「落語家の成人式」
  • 初めてのメディアでのレギュラー番組は、昭和53年の毎日放送「ふれあい広場決定版」
  • 『日経エンタテインメント!』の「好きな芸人」ランキングでは、初回の2002年から2011年まで10年連続で1位を獲得している。3年ぶりに復活した2014年のランキングでも1位を獲得、2014年から2017年と4年連続で1位となり、同ランキング14連覇と圧倒的な人気を得ている。
  • 娘のIMALUとだけはお互いに共演NGにしている。
  • 『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』へは1995年8月26・27日放送回でマラソンランナーを務めた間寛平の応援でチアリーダーに扮して出演したのみで、基本的には「自身が出ると嘘臭く見える」「毎日地球を救いたい気持ちで生きているのに、あの日に限ってそういったことをする事に疑問を持っている」という理由で一切出ていない。

「タケちゃんマン」の敵役・ブラックデビルは、初回は当時劇団東京乾電池に所属していた高田純次が演じたが、第2回収録前に高田がおたふく風邪で入院してしまった為、出演者の中で唯一高田と衣装のサイズが合ったさんまが代役に抜擢された。同番組での代表的なキャラクターとしては以下のものがある。

記念日

弁理士の日

1899年のこの日に「特許代理業者登録規則」が制定され、弁理士制度が発足したことを記念。

日本における弁理士は、弁理士法で規定された知的財産権に関する業務を行うための国家資格者であり、弁護士・司法書士・税理士・行政書士・社会保険労務士・土地家屋調査士・海事代理士と共に職務上請求権が認められている8士業の一つである。

特許申請の費用・料金相場

どれぐらいの費用がかかるのか?まず特許庁に出願する際に必要になる実費。最低限これくらいは必要、という範囲があります。

まず出願料として1万4000円、方式審査をクリアした後に行う出願審査請求の際に11万8000円、さらに請求数に4000円をかけた金額がプラスされます。

そして最終的に審査をクリアした際に登録料を納付することになりますが、登録料は2100円プラス請求数に200円をかけた金額。これを1年間分として3年分を支払うことになります。

注意したいのはこの最初の特許申請では、3年間分の権利しか認められないことです。3年を経過した後でも権利を維持したい場合には改めて登録のための手続きを支払い続ける必要が生じます。

4~6年までは毎年7100円+500円×請求数、7年~9年では毎年2万1400円+1700円×請求数、10~20年では毎年6万1600円+4800×請求数。

こうしてみると年数が経過すればするほど費用が高くなることがわかります。なお特定の分野の特許に関しては期間が延長され25年までされることも可能です。

こうした金額をすべて含めると、20年間維持する場合には最低でも100万円程度の費用が必要になるでしょう。自分たちが開発した発明を証明してもらうために少なからぬ出費が求められるわけです。

特許制度の始まり

欧米では既に特許制度が施行されていました。これをかの福沢諭吉が自著『海外事情外編』にて紹介、日本に持ち込んだ末、明治18年4月18日に『専売特許条例』が公布されました。

特許第一号は「船底を浸食されるのを防ぐための塗料」でした。彫刻家であり漆(うるし)工芸家である堀田瑞松によって、漆を主成分とした四種類の塗料を開発したのです。この塗料は見事に成功を収め、明治18年7月1日に特許出願、同年8月14日に特許を取得しました。

洗濯糸くず取り→3億円のライセンス料

自動洗濯機で洗濯すると、衣類に糸くずが付着するという難点がありました。それを解決したのが、主婦のKさんです。

網のようなものに浮き袋をつけて洗濯槽に入れることで、洗濯槽機内の水面に浮いた糸くずを自動的に回収できるようにしたのです。また、吸盤で自動洗濯機の壁に固定することも考え出したそうです。この商品は、年間400万個も売れるヒット商品になりました。

セリア「くず取りネット」洗濯槽掃除に入れたら…。驚きの汚れが ...

メモクリップ→契約金350万、実施料3.5%

発明家のSさんは、本棚にメモをテープで貼ることにより予定を管理していました。ある日、メモを剥がした際に本棚の化粧紙も破れてしまったことをきっかけに、メモを簡単に挟んだり外したりできるものを作成しようと考えたそうです。試行錯誤の末、辿り着いたのが、本体の内部に複数のゴムヒゲを設けたメモクリップ。ゴムヒゲの設置の仕方など、メモをしっかり保持し、抜き取りもスムーズとなるまで工夫を重ねて完成にこぎつけました。文具メーカーと契約し、45億円以上の売り上げがあるそうです。

オート メモクリップ カラー マグネットタイプ 青 MC-380Mが243円 ...

赤飯

地域制

秋田県

秋田県の県南部(大仙市、横手市、湯沢市など)では、大量の上白糖を入れた非常に甘い赤飯をつくることで知られている。赤飯の他に、炊き込みご飯、ポテトサラダ、太巻き寿司にも大量の砂糖を入れる。トマトに砂糖をかけて食べる方も多い。 なお、この現象は同じ秋田県でも県南部に限られ、秋田市をはじめとした県央部、能代市、大館市などの県北部では、砂糖の少ない普通の赤飯が好まれている。

千葉県

千葉県の一部では、特産の落花生が用いられる。

東京都

東京都ではアズキの代わりにササゲが使われることがある。アズキは煮ると皮が破れやすく、皮の破れた様が切腹を連想させたため、煮ても皮が破れないササゲを江戸時代に武家で用いたことが起源である。

北海道

甘納豆赤飯

北海道や山梨県には、甘納豆を赤飯に入れる風習がある。室町時代に甲斐国(山梨県)南部の人たちが移住した青森県の一部でも、この風習が残っている。小豆やささげなどの一般的な赤飯も現存するが、甘納豆(花豆、金時豆など)を用いる場合がある。甘納豆を用いる場合は赤色に着色されないため、食紅が用いられる。
甘納豆は、炊き(蒸し)上がった状態の赤飯に加えて混ぜたり、添えるのが通例である(豆を一緒に炊き(蒸し)上げた場合、豆が溶けるため)。出来上がったものには、紅しょうがをスライスまたは刻んだものが添えられ、胡麻塩がふりかけられる。

北海道の小売店

スーパーなどの惣菜コーナーでは、一般的な赤飯と一緒に販売されている。また、コンビニでは、サンクスにて甘納豆赤飯のおにぎりが販売されている。

徳島県鳴門市

徳島県鳴門市では、「ごま砂糖」をかけて食べる習慣がある。

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