6月19日(元号)

6月19日(ろくがつじゅうくにち)は、グレゴリオ暦で年始から170日目(閏年では171日目)にあたり、年末まであと195日ある。誕生花はノアザミ、アリウム。

歴史

昭和20年 – 第二次世界大戦・日本本土空襲: 静岡大空襲・福岡大空襲

日本本土空襲(にっぽんほんどくうしゅう)は、第二次世界大戦中に連合国軍が日本各都市に対して行った爆撃である。昭和19年中頃から本格的な戦略爆撃となり、長期間の大規模な無差別爆撃も実施された。

大阪は昭和20年2月26日以降、 下記の大空襲を含む33回の空襲を受けた。

  • 昭和20年3月13日 大阪大空襲 B29・279機。死者3115名。焼失13万2459戸。
  • 6月7日 B29・250機。死者1594名。負傷者4967名。焼失5万6千戸。
  • 6月15日 B29・469機。死者418名。負傷者1842名。焼失4万9千戸。
  • 7月24日 B29・約400機を含む大小二千機。死者187名。負傷317名。焼失554戸。
  • 8月14日 B29・約100機。死者173名。負傷89名。焼失二千戸。大阪城にあった砲兵工廠が目標であった。

昭和23年 – 玉川上水で太宰治と山崎富栄の心中遺体が発見される。

太宰 治

(だざい おさむ、明治42年6月19日 – 昭和23年6月13日)は、日本の小説家。

本名、津島 修治(つしま しゅうじ)。左翼活動での挫折後、自殺未遂や薬物中毒を繰り返しながらも、第二次世界大戦前から戦後にかけて作品を次々に発表。主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』がある。没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラーとなる。戦後は、その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称されたが、典型的な自己破滅型の私小説作家であった[3]。

山崎 富榮

(やまざき とみえ、大正8年9月24日 – 昭和23年6月13日)は、日本の美容師。

作家・太宰治の愛人の一人であり、最晩年の太宰の看護や執筆活動の介助を続けたことと太宰と共に入水自殺を遂げたことでも知られる。

玉川上水での心中事件概要

昭和22年3月27日

夜、屋台のうどん屋にて飲酒中の太宰治と知り合う。次兄・山崎年一(としかず)が旧制弘前高等学校で太宰の2年先輩だったことや、富栄の下宿が太宰行きつけの小料理屋の筋向いだったことから太宰に親しみを持つようになる。このとき富栄は太宰の著書を一冊も読んでいなかったが、「戦闘開始! 覚悟をしなければならない。私は先生を敬愛する」と日記に書いた。

昭和22年5月3日

太宰から「死ぬ気で恋愛してみないか」と持ちかけられ、太宰夫人・美知子の立場を気遣いつつも、「でも、若し恋愛するなら、死ぬ気でしたい」と答える。5月21日、太宰と初めて結ばれる。7月7日、奥名修一戦死の公報を受け取る。7月14日、日記の中で両親宛の最初の遺書を書く(ただし発送せず)。「太宰さんが生きてゐる間は私も生きます。でもあの人は死ぬんですもの」。

昭和22年11月12日

太田静子が太宰の娘治子を出産。富栄は激しい衝撃を受ける。

富栄は健康状態が悪い太宰のために看護婦役として付き添い、約20万円の貯金を太宰の飲食費や薬品代、訪問客の接待費などに使い果たしていたが、昭和23年5月下旬頃から太宰との関係に齟齬を来たすようになり、捨てられることを予感して、しばしば嫉妬の念を持つようになっていた。

昭和23年6月13日

太田静子に宛てて最後の書簡を投函(「修治さんはお弱いかたなので 貴女やわたしやその他の人達にまでおつくし出来ないのです わたしは修治さんが、好きなので ご一緒に死にます」)。同日深更、太宰と共に玉川上水へ投身。

昭和23年6月14日

津島美知子と鶴巻幸之助が警視庁三鷹署に捜索願を提出。6月15日早朝、北多摩郡三鷹町を流れる玉川上水の土手に、二人が入水したとみられる痕跡が発見される。同日正午頃、下流の久我山水門にて、男物と女物の下駄がそれぞれ片方ずつ発見される。

昭和23年6月19日

午前6時50分頃、投身推定現場から約1km下流の玉川上水に架かる新橋付近にて、太宰と共に赤い紐で結ばれた水死体となって発見される。富栄の死顔は「はげしく恐怖しているおそろしい相貌」(山岸外史『人間太宰治』所収「微笑する死顔」)だったが、太宰の死顔は富栄とは対照的に穏やかでほとんど水を飲んでいなかったことから、太宰は入水前すでに絶命していたか仮死状態だったと推測された。28歳没。

昭和61年 – ベトナムの二重体児ベトちゃんドクちゃんが急性脳症の治療のため東京で手術。

ベトちゃんドクちゃんは、下半身がつながった結合双生児としてベトナムで産まれた兄グエン・ベト(1981年2月25日 – 2007年10月6日)、弟グエン・ドク(1981年2月25日 – )の双子の兄弟の日本語による愛称である。兄弟を指して80年代から90年代にかけて日本のマスコミなどで呼び習わされた。2人が結合双生児となったのは、ベトナム戦争時に米軍が大量に散布した枯葉剤の被害の可能性があると報道された。1988年、ベトが急性脳症となったことを契機として手術で分離した。

分離後

分離後ドクは障害児学校から中学校に入学。中学校は中退したが職業学校でコンピュータプログラミングを学び、ツーズー病院の事務員となった。ボランティア活動も行っている。一方、ベトは重い脳障害を抱え寝たきりの状態が続いた。

2006年12月16日、ドクはボランティア活動の際に知り合った、専門学校生のグエン・ティ・タイン・テュエンと結婚。このことは日本でも大きく取り上げられた。結婚式では「将来は障害者も働ける旅行会社を設立したい」と語っており、簡単な日本語を話すことができる。また、結婚後に兄ベトを引き取り、夫婦で介護していた。

2007年10月6日1時、兄のベトが腎不全と肺炎の併発により26歳で死去。

2009年10月25日、ドクの妻テュエンがツーズー病院で男女の双子を出産。それぞれ富士山と桜にちなみ、男児はグエン・フー・シー、女児はグエン・アイン・ダオと命名された。

ドクは来日を重ねており、2012年8月には東北を訪れ東日本大震災で被災した障害者たちと交流した。 その後2017年3月には、ベトナムを訪問した天皇・皇后と面会している。2017年4月には、広島国際大学の客員教授に就任した。

2019年1月6日、ドクはホーチミン市に日本風の飲食店「ドク ニホン」を開業した。2月中旬、ドクの体調不良や場所代などを理由に閉店した。

2016年 – 日本で改正公職選挙法施行。選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられる。

選挙権とは

  • 衆議院議員及び参議院議員:日本国民で年齢満18年以上の者
  • 都道府県議会議員及び都道府県知事:日本国民で年齢満18年以上の者で引き続き3箇月以上その都道府県内の同一市区町村内に住所を有する(引き続き3箇月以上同一市区町村内に住所を有したことがあり、その都道府県内の別の市町村に住所を有する者も含む)に住所を有する者
  • 市区町村議会議員及び市区町村長:日本国民で年齢満18年以上の者で引き続き3箇月以上その市区町村の区域内(市町村の廃置分合により消滅した市町村を含む)に住所を有する者

誕生日

明治42年 – 太宰治、作家

太宰 治(だざい おさむ、明治42年6月19日 – 昭和23年6月13日)は、日本の小説家。

キーワード

  • 青森県北津軽郡金木村生まれ
  • 昭和5年、弘前高等学校文科甲類を76名中46番の成績で卒業
  • フランス語を知らぬままフランス文学に憧れて東京帝国大学文学部仏文学科に入学
  • 当時、東大英文科や国文科などには入試があったが、仏文科は不人気で無試験であった。
  • 昭和8年、『サンデー東奥』(2月19日発行)に『列車』を太宰治の筆名で発表

代表作

  • 『富嶽百景』(1939年)
  • 『走れメロス』(1940年)
  • 『津軽』(1944年)
  • 『お伽草紙』(1945年)
  • 『ヴィヨンの妻』(1947年)
  • 『斜陽』(1947年)
  • 『人間失格』(1948年)

記念日

元号の日

645年6月19日(旧暦)、日本初の元号「大化」が定められた。

元号(げんごう)は、アジア東部における紀年法の一種。特定の年代に付けられる称号で、基本的に年を単位とするが、元号の変更(改元)は一年の途中でも行われ、一年未満で改元された元号もある。

現在は日本のみで制定・使用されている。元号の使用は難波宮で行われた大化の改新時に始まり、以降、「日本」という国号の使用も始まったとされる。この他、日本では年号(ねんごう)と呼ばれることもある。公称としては、江戸時代(慶応)までは「年号」が多く使われ、明治以降は一世一元の制が定着し元号法制定以後、「元号」が法的用語となった。

元号選定手続について

昭和54年10月、第1次大平内閣(大平正芳首相)は、「元号法に定める元号の選定」について、具体的な要領を定めた(昭和54年10月23日閣議報告)。

これによれば、元号は、「候補名の考案」、「候補名の整理」、「原案の選定」、「新元号の決定」の各段階を践んで決定される。まず、候補名の考案は内閣総理大臣が選んだ若干名の有識者に委嘱され、各考案者は2〜5の候補名を、その意味・典拠等の説明を付して提出する。総理府総務長官(後に内閣官房長官)は、提出された候補名について検討・整理し、結果を内閣総理大臣に報告する。このとき、次の事項に留意するものと定められている。

  • 国民の理想としてふさわしいようなよい意味を持つものであること。
  • 漢字2字であること(3文字以上は不可。但し、749年から770年にかけては、漢字4文字の元号が使用されている)。
  • 書きやすいこと。
  • 読みやすいこと。
  • これまでに元号又はおくり名として用いられたものでないこと(過去の元号の再使用は不可)。
  • 俗用されているものでないこと(人名・地名・商品名・企業名等は不可)。

整理された候補名について、総理府総務長官、内閣官房長官、内閣法制局長官らによる会議において精査し、新元号の原案として数個の案を選定する。全閣僚会議において、新元号の原案について協議する。内閣総理大臣は、新元号の原案について衆議院及び参議院の議長及び副議長に連絡し、意見を聴取する。そして、新元号は、閣議において、改元の政令の決定という形で決められる。

明治~平成までの元号の由来を見てみよう!

元号を変えるルールが今のものになってから、明治、大正、昭和、平成という4つの元号が使われてきたけど、どんな由来があるんだろうね?
それぞれにこめられた意味を見てみよう!

【明治】
明治という文字は「明るく治(おさ)まる」と書くよね。つまり、新しい時代が「明るい国になるように」という願いがこめられている元号なんだよ。
ちなみに明治はそれ以前にも元号の候補(こうほ)になっていて、11度目にしてようやく使われることになったんだ。

【大正】
中国の古い本に『易経(えききょう)』というものがあるんだけど、その中に「“大”いに亨(とほ)りて以て“正”しきは、天の道なり」という言葉があるんだ。
ちょっとむずかしく感じるけど、これは「人をみちびく人は、みんなの言葉をちゃんと聞いて行動しなければならない」というような意味を持っていて、そういう時代になってほしいという思いから「大正」という元号が付けられたんだよ。

【昭和】
昭和も中国の古い本に書かれた「百姓“昭”明(ひゃくせいしょうめい)、協“和”万邦(きょうわばんぽう)」という言葉をもとに考えられているんだ。
これは「人々の平和と、社会が繁栄(はんえい)していく」という意味を持っていて、そんな時代になることを願って、「昭」と「和」の文字を使うようになったんだよ。

【平成】
ほかの元号と同じく、平成も古い本に書かれた言葉を参考にしているよ。それは『史記(しき)』という本に書かれた「内“平”外“成”(内平かに外成る)」、『書経(しょきょう)』という本に書かれた「地“平”天“成”(地平かに天成る)」という言葉だよ。
つまり平成というのは、「日本という国はもちろん、海外も平和な時代に成(な)るように」という希望がこめられているんだ。

令和

「春の訪れを告げる梅の花のように、明日への希望と共に、一人ひとりが大きく花を咲かせられる日本でありたいとの願いを込めた」

このように、今後の日本という国が、一人ひとりが希望を持てる、より良い国になってほしいという願いが受け取れます。

元号クイズ!

今まで日本の元号に使われた漢字ランキングの1位は「○」です。さあなんでしょう?

ズバリ「永」です。今まで29回使われています。

  • 1位 「永」 29回
  • 2位 「元」・「天」 27回
  • 3位 「治」 21回
  • 4位 「応」 20回
  • 5位 「正」・「長」・「文」・「和」 19回

「迷惑(めいわく)」だから元号が変えられた!?

日本が江戸(えど)時代だった1764年〜1772年までの間、「明和(めいわ)」という元号が使われていたんだ。
特におかしな元号には見えないけど、明和9年、1万人以上の人が亡くなった「明和の大火(たいか)」という大火事をはじめたくさんの災害が起こったんだ。
当時の人たちは、「明和9年、つまり“めいわくねん(迷惑年)”だから悪いことばかりが起こるんだ!」と考えたんだって。実際にその年の11月には元号を変えることになったんだ!

元号リスト

西暦元号
[年号]
読み年数
645~650大化たいか6
650~654白雉はくち・びゃくち5
654~68632
686朱鳥しゅちょう・すちょう・あかみとり2か月
686~70115
701~704大宝たいほう・だいほう4
704~708慶雲きょううん・けいうん5
708~715和銅わどう8
715~717霊亀れいき3
717~724養老ようろう8
724~729神亀じんき・しんき6
729~749天平てんぴょう・てんびょう21
749天平感宝てんぴょうかんぽう・てんびょうかんぽう3か月
749~757天平勝宝てんぴょうしょうほう・てんびょうしょうほう9
757~765天平宝字てんぴょうほうじ・てんびょうほうじ9
765~767天平神護てんぴょうじんご・てんびょうじんご3
767~770神護景雲じんごけいうん4
770~781宝亀ほうき12
781~782天応てんおう・てんのう2
782~806延暦えんりゃく25
806~810大同だいどう・たいどう5
810~824弘仁こうにん15
824~834天長てんちょう11
834~848承和じょうわ・しょうわ15
848~851嘉祥かしょう・かじょう4
851~854仁寿にんじゅ4
854~857斉衡さいこう4
857~859天安てんあん・てんなん3
859~877貞観じょうがん・じょうかん19
877~885元慶がんぎょう・かんきょう・げんけい9
885~889仁和にんな・にんわ5
889~898寛平かんぴょう・かんぺい・かんへい10
898~901昌泰しょうたい4
901~923延喜えんぎ・えんき23
923~931延長えんちょう9
931~938承平じょうへい・しょうへい8
938~947天慶てんぎょう・てんきょう・てんけい10
947~957天暦てんりゃく11
957~961天徳てんとく5
961~964応和おうわ4
964~968康保こうほう・こうほ5
968~970安和あんな・あんわ3
970~974天禄てんろく4
974~976天延てんえん4
976~978貞元じょうげん3
978~983天元てんげん6
983~985永観えいかん3
985~987寛和かんな・かんわ3
987~989永延えいえん3
989~990永祚えいそ2
990~995正暦しょうりゃく6
995~999長徳ちょうとく5
999~1004長保ちょうほう・ちょうほ6
1004~1013寛弘かんこう9
1013~1017長和ちょうわ6
1017~1021寛仁かんにん5
1021~1024治安じあん・ちあん4
1024~1028万寿まんじゅ5
1028~1037長元ちょうげん10
1037~1040長暦ちょうりゃく4
1040~1044長久ちょうきゅう5
1044~1046寛徳かんとく3
1046~1053永承えいしょう・えいじょう8
1053~1058天喜てんぎ・てんき6
1058~1065康平こうへい8
1065~1069治暦じりゃく・ちりゃく5
1069~1074延久えんきゅう6
1074~1077承保じょうほう・しょうほう・じょうほ・しょうほ4
1077~1081承暦じょうりゃく・しょうりゃく5
1081~1084永保えいほう・えいほ4
1084~1087応徳おうとく4
1087~1095寛治かんじ8
1095~1097嘉保かほう3
1097~1097永長えいちょう2
1097~1099承徳じょうとく・しょうとく3
1099~1104康和こうわ6
1104~1106長治ちょうじ3
1106~1108嘉承かしょう・かじょう3
1108~1110天仁てんにん3
1110~1113天永てんえい4
1113~1118永久えいきゅう6
1118~1120元永げんえい3
1120~1124保安ほうあん・ほあん5
1124~1126天治てんじ3
1126~1131大治だいじ・たいじ6
1131~1132天承てんしょう・てんじょう2
1132~1135長承ちょうしょう・ちょうじょう4
1135~1141保延ほうえん・ほえん7
1141~1142永治えいじ2
1142~1144康治こうじ3
1144~1145天養てんよう2
1145~1151久安きゅうあん7
1151~1154仁平にんぺい・にんぴょう4
1154~1156久寿きゅうじゅ3
1156~1159保元ほうげん・ほげん4
1159~1160平治へいじ2
1160~1161永暦えいりゃく2
1161~1163応保おうほう・おうほ3
1163~1165長寛ちょうかん3
1165~1166永万えいまん2
1166~1169仁安にんあん・にんなん4
1169~1171嘉応かおう3
1171~1175承安じょうあん・しょうあん5
1175~1177安元あんげん3
1177~1181治承じしょう・ちしょう5
1181~1182養和ようわ2
1182~1184寿永じゅえい3
1184~1185元暦げんりゃく2
1185~1190文治ぶんじ6
1190~1199建久けんきゅう10
1199~1201正治しょうじ3
1201~1204建仁けんにん4
1204~1206元久げんきゅう3
1206~1207建永けんえい2
1207~1211承元じょうげん5
1211~1214建暦けんりゃく3
1214~1219建保けんぽう・けんぽ・けんほう7
1219~1222承久じょうきゅう・しょうきゅう4
1222~1224貞応じょうおう・ていおう3
1224~1225元仁げんにん2
1225~1228嘉禄かろく3
1228~1229安貞あんてい3
1229~1232寛喜かんぎ・かんき4
1232~1233貞永じょうえい・ていえい2
1233~1234天福てんぷく・てんふく2
1234~1235文暦ぶんりゃく・もんれき2
1235~1238嘉禎かてい4
1238~1239暦仁りゃくにん2
1239~1240延応えんおう・えんのう2
1240~1243仁治にんじ4
1243~1247寛元かんげん5
1247~1249宝治ほうじ3
1249~1256建長けんちょう8
1256~1257康元こうげん2
1257~1259正嘉しょうか3
1259~1260正元しょうげん2
1260~1261文応ぶんおう2
1261~1264弘長こうちょう4
1264~1275文永ぶんえい12
1275~1278建治けんじ4
1278~1288弘安こうあん11
1288~1293正応しょうおう6
1293~1299永仁えいにん7
1299~1302正安しょうあん4
1302~1303乾元けんげん2
1303~1307嘉元かげん4
1307~1308徳治とくじ3
1308~1311延慶えんぎょう・えんきょう・えんけい4
1311~1312応長おうちょう2
1312~1317正和しょうわ6
1317~1319文保ぶんぽう・ぶんぽ・ぶんほう3
1319~1321元応げんおう3
1321~1324元亨げんこう4
1324~1326正中しょうちゅう3
1326~1329嘉暦かりゃく4
1329~1331(大覚寺統)元徳げんとく3
1329~1332(持明院統)元徳げんとく4
1331~1334(大覚寺統)元弘げんこう4
1332~1333(持明院統)正慶しょうけい・しょうきょう2
1334~1336建武けんむ3
1334~1338建武けんむ5
1336~1340延元えんげん5
1338~1342暦応りゃくおう・れきおう5
1340~1347興国こうこく7
1342~1345康永こうえい4
1345~1350貞和じょうわ・ていわ6
1347~1370正平しょうへい25
1350~1352観応かんおう・かんのう3
1352~1356文和ぶんな・ぶんわ5
1356~1361延文えんぶん6
1361~1362康安こうあん2
1362~1368貞治じょうじ・ていじ7
1368~1375応安おうあん8
1370~1372建徳けんとく3
1372~1375文中ぶんちゅう4
1375~1381天授てんじゅ7
1375~1379永和えいわ5
1379~1381康暦こうりゃく3
1381~1384弘和こうわ4
1381~1384永徳えいとく4
1384~1392元中げんちゅう9
1384~1387至徳しとく4
1387~1389嘉慶かきょう・かけい3
1389~1390康応こうおう2
1390~1394明徳めいとく5
1392~1394 南北朝合一「明徳」を使用3181
1394~1428応永おうえい35
1428~1429正長しょうちょう2
1429~1441永享えいきょう13
1441~1444嘉吉かきつ・かきち4
1444~1449文安ぶんあん6
1449~1452宝徳ほうとく4
1452~1455享徳きょうとく4
1455~1457康正こうしょう3
1457~1461長禄ちょうろく4
1461~1466寛正かんしょう7
1466~1467文正ぶんしょう2
1467~1469応仁おうにん3
1469~1487文明ぶんめい19
1487~1489長享ちょうきょう3
1489~1492延徳えんとく4
1492~1501明応めいおう10
1501~1504文亀ぶんき4
1504~1521永正えいしょう18
1521~1528大永たいえい・だいえい8
1528~1532享禄きょうろく5
1532~1555天文てんぶん・てんもん24
1555~1558弘治こうじ4
1558~1570永禄えいろく13
1570~1573元亀げんき4
1573~1593天正てんしょう20
1593~1596文禄ぶんろく5
1596~1615慶長けいちょう・きょうちょう20
1615~1624元和げんな10
1624~1645寛永かんえい21
1645~1648正保しょうほう・しょうほ5
1648~1652慶安けいあん・きょうあん5
1652~1655承応じょうおう4
1655~1658明暦めいれき・めいりゃく4
1658~1661万治まんじ4
1661~1673寛文かんぶん13
1673~1681延宝えんぽう・えんほう9
1681~1684天和てんな・てんわ4
1684~1688貞享じょうきょう5
1688~1704元禄げんろく17
1704~1711宝永ほうえい8
1711~1716正徳しょうとく6
1716~1736享保きょうほう・きょうほ21
1736~1741元文げんぶん6
1741~1744寛保かんぽう・かんぽ・かんほう4
1744~1748延享えんきょう5
1748~1751寛延かんえん4
1751~1764宝暦ほうれき・ほうりゃく14
1764~1772明和めいわ9
1772~1781安永あんえい10
1781~1789天明てんめい9
1789~1801寛政かんせい13
1801~1804享和きょうわ4
1804~1818文化ぶんか15
1818~1831文政ぶんせい13
1831~1845天保てんぽう・てんほう15
1845~1848弘化こうか5
1848~1855嘉永かえい7
1855~1860安政あんせい7
1860~1861万延まんえん2
1861~1864文久ぶんきゅう4
1864~1865元治げんじ2
1865~1868慶応けいおう4
1868~1912明治めいじ45
1912~1926大正たいしょう15
1926~1989昭和しょうわ64
1989~2019平成へいせい31
2019~令和れいわ 
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