6月1日

6月1日(ろくがつついたち)は、グレゴリオ暦で年始から152日目(閏年では153日目)にあたり、年末まであと213日ある。誕生花はマトリカリア、クレマチス。

歴史

昭和11年 – NHKで国民歌謡の放送開始。

『国民歌謡』(こくみんかよう)は、戦前の1936年から1941年の期間、月曜から土曜の午後0時35分から5分間、新しく作った曲を1週間連続して流した、日本のラジオ番組である。今日のヘビーローテーションに当たる。

昭和16年2月12日から同年12月8日の期間は名前が「われらのうた」と変わり、さらにその後の、昭和20年8月15日までは「国民合唱」となり、戦後は「ラジオ歌謡」となった。

ラジオ歌謡

ラジオ歌謡(ラジオかよう)は、昭和21年から昭和37年までNHKラジオ第1放送(サービスエリアが関東地方の東京第1放送のコールサイン=JOAK)で放送されていた歌番組である。また、同番組で取り上げられた歌曲を指すこともある。もともとの発案は大阪放送局(JOBK)であった。

戦前、「健全な歌で、国民の音楽文化の啓発を」の目的で始められた国民歌謡が、昭和15年頃を境に戦意高揚、思想統制の道具とされてしまったことを受け、再び国民歌謡の初心に戻って始められた番組が『ラジオ歌謡』だった。

また、戦後まもなくヒットした映画「そよかぜ」の主題歌「リンゴの唄」が大ヒットし、貧しさとひもじさにうちひしがれていた国民の大いなる慰めになったのも、番組登場のきっかけになったといわれる。

「リンゴの唄」(リンゴのうた)は、昭和20年の日本の楽曲。並木路子、霧島昇(霧島の共唱はオリジナル版のみ)によって発売され、日本の戦後のヒット曲第1号となった楽曲。

概要

戦前、「健全な歌で、国民の音楽文化の啓発を」の目的で始められた国民歌謡が、昭和15年頃を境に戦意高揚、思想統制の道具とされてしまったことを受け、再び国民歌謡の初心に戻って始められた番組が『ラジオ歌謡』だった。

また、戦後まもなくヒットした映画「そよかぜ」の主題歌「リンゴの唄」が大ヒットし、貧しさとひもじさにうちひしがれていた国民の大いなる慰めになったのも、番組登場のきっかけになったといわれる[誰に?]。

発案はNHK大阪中央放送局であったが、やがて東京放送局でも放送されるようになり、800曲近い曲を放送した。うち大阪で制作されたのは180である。

高木東六、團伊玖磨、古関裕而、服部良一、清水脩、芥川也寸志らが楽曲の制作にあたった。

第1作は昭和21年5月の「風はそよかぜ」で、その後、「朝はどこから」、「三日月娘」、「あざみの歌」、「山小舎(やまごや)の灯(ともしび)」、「さくら貝の歌」、「森の水車」、「雪の降るまちを」など、現在も叙情歌として親しまれている作品が数多く発表された。昭和28年には、当時まだ16歳だった美空ひばりが登場し、「あまんじゃくの歌」を歌っている。

番組では、ただ歌を放送するだけでなく、アナウンサーが歌詞を朗読したり、難しいことばの説明、また歌い方の指導などもした。歌の文句は聞き取りにくく、「耳学問」では間違って覚えやすいことを配慮したためである。

歌謡だけでなく歌曲「夫婦善哉」などの劇も放送された。大阪放送局には、専属の管弦楽団と合唱団があった。

ラジオ歌謡の成功は戦後次々開局した民放ラジオ局にも多大な影響を与え、大阪の朝日放送はラジオ歌謡に対抗し、呉羽紡績(現・東洋紡績)の協賛で民放版のそれともいえる“クレハ・ホームソング”を企画・制作した。ここからも「踊子」(三浦洸一)、「川は流れる」(仲宗根美樹)、「白いボール」(王貞治・本間千代子)、「ふるさとのはなしをしよう」(北原謙二)などの歌曲が生まれている。

1960年代になると、ラジオの名物番組が次々に姿を消すようになり、ラジオ歌謡も1962年に終了した。一方で昭和36年からは『みんなのうた』が放送開始された。

昭和30年 – 現行の一円硬貨発行。日本初のアルミ硬貨。

現在発行中の一円硬貨はアルミニウム製であり、日本の現在発行中の6種類の通常硬貨の中で素材に銅が含まれない唯一の硬貨である。

表面には「日本国」と「一円」そして「若木」が、裏面には「1」と製造年がデザインされている。この表裏は造幣局での便宜的な呼称で、明治時代の硬貨と異なり法律上の表裏の規定はない。

一円硬貨は水より比重が大きいが、乾いた一円硬貨を水面に対して平らになるように静かに置くと、一円硬貨にかかる浮力と表面張力が一円硬貨の重量と釣り合うため水に浮く。水に界面活性剤を加えて表面張力を下げたり、水の代わりに水より表面張力の低い液体の上に置いたりした場合は沈む。

一円硬貨1枚を製造するのにかかるコストは額面以上であり、2015年現在、一円硬貨の製造に約3円かかるとされる。また政府による貨幣発行益は2003年(平成15年)当時で1枚当り13円の赤字とされる。原料となるアルミニウム地金は2019年6月現在で1キログラム当たり240円前後で推移し、アルミニウム地金として見た価値は1枚あたり約0.24円となる。2009年(平成21年)初めに造幣局が民間から調達した1円硬貨用アルミ円形4200万枚の調達価格は3352万円とされ、金属材料の円形としては1枚あたり約80銭となる。

一円硬貨の質量は、1.0 グラム(g) である。

日本の市中の街角に置かれる一般的な自動販売機では五円硬貨や一円硬貨は使用できず、使用可能な最小額面の硬貨は十円硬貨となっているが、銀行のATMや商店のセルフレジなどでは五円硬貨とともに一円硬貨も使用可能である。

世界では、日本の一円硬貨に相当する程度の小額硬貨は廃止されたり(例えば、カナダドルの1セント硬貨は2013年に発行停止)、その程度の釣り銭は国によっては相当額の飴玉や封筒、爪楊枝などの現物で代用されたりすることも多い中、日本の一円硬貨は、新規に製造される枚数こそ減少し、近年は貨幣セット用のみに限られ流通用の製造がない年も多いが、市中では不自由なく流通している。

日本の造幣局が作っているのは、日本の貨幣だけじゃない

日本の「造幣局」はその名の通り、日本のお金のうち貨幣を製造する機関です。

日本では独自の鋳造技術により、世界でも群を抜いて偽造しにくい貨幣が流通しています。

その高い技術が世界的に認められ、日本の「造幣局」は外国の貨幣の製造も行なっています。

例えばアラブ首長国連邦の「紙幣印刷所公式開所」記念50ディルハム銀貨幣やバングラデシュの2タカ一般流通貨幣(日本円で約3円)があげられます。

その数は、平成19年以降で10か国14種類にも上ります。

日本では遅まきながらプリペイドカードや電子マネーの普及に加え、そもそも貨幣の耐用年数が伸びたことから、年々貨幣の新規発行数は少なくなっています。

そこで、総鋳造数の安定化を図るため外国貨幣の製造を手掛けるようになりました。

世界で今いくつの通貨が流通しているの?

国の数だけ通貨が使われていそうな気がしますが、答えは約180と言われています。

「約」というのは公式通貨として使われているお金の他に、その地域で使用される実質的通貨が存在しているほか、通貨は経済・社会情勢などにより常に増減しているから、です。

今後は仮想通貨も浸透し、通貨の数は増えてくると予想されますので、国を問わずどの通貨を使って経済活動を行うか、一人ひとりが自分で選択できる時代が来るかもしれませんね。

日本のお金における偽造防止技術って?

■すき入れ:光に透かしたとき、銀行券の中央に福沢諭吉の肖像画が見えます

■すき入れバーパターン:光に透かしたとき、すき入れられた3本の縦棒が見えます。

従来のすかしよりも、パソコンやカラーコピー機等で再現しにくいものです(福沢諭吉の肖像画の左肩のあたりにあります)

■パールインキ:銀行券を傾けたとき、ピンク色を帯びたパール光沢のある半透明な模様が浮かび上がります

→一万円券の左右端に印刷されています

■マイクロ文字:コピー等では再現困難な微小な文字

→表面の右上数字で「10000」の下にある模様など数箇所に細かく「NIPPON GINKO」と繰り返し印字してあります

■深凹版印刷:インキを高く盛り上げる印刷⇒数字の「10000」や「日本銀行券」「壱万円」の部分はとくに凸凹が分かりやすい箇所です

■潜像模様:銀行券を傾けると、表面左下に「10000」の文字が、裏面右上に「NIPPON」の文字が浮び上がります

■ホログラム:銀行券を傾けると、見る角度により左下にあるホログラム内の「日本銀行の日の文字を図案化したマーク」と「10000」が入れ替わり、背景の桜模様が見え隠れします

お、2024年に発行予定の新しい銀行券では、現行の偽造技術に加えてホログラム機能がパワーアップすることが公表されています。

一万円券および五千円券には、表面の左側にはストライプタイプのホログラムが新たに導入されます。肖像の3D画像が回転する最先端のホログラム

銀行券への採用は世界初となります。ニュースで見た方もいらっしゃるでしょう。

現状のすき入れ(透かし部分)に加えて、新たな高精細なすき入れ模様も導入されます。

記念日・年中行事

電波の日

1950年(昭和25年)6月1日に電波三法が施行されたことを記念して、1951年(昭和26年)に制定。

バッジの日

「気象記念日」の「気象」を「徽章」にかけたもの。

写真の日

日本写真協会が1951年に制定。1841年(天保12年)6月1日に上野俊之丞が薩摩藩主島津斉彬を撮影し、俊之丞の息子・上野彦馬の口述による記事「日本写真の起源」を元に、これが日本初の写真撮影であるとしてこの日が記念日とされた。後の研究で、それより以前にも写真撮影が行われていたことがわかっている。

チーズの日

「写真の日」であることから、写真を撮る時の掛け声「はいチーズ」にかけたもの。

世界牛乳の日、牛乳の日

国際連合食糧農業機関が2001年にWorld Milk Dayを制定したのを受け、社団法人日本酪農乳業協会が2007年に牛乳の日を定めた。なお、那須塩原市畜産振興会は2007年より、9月2日を牛乳の日としている。

氷の日

日本冷凍倉庫協会が制定。江戸時代、旧暦の6月1日に加賀藩が将軍家に氷を献上し「氷室の日」として祝っていたことから。

麦茶の日

日本麦茶工業協同組合が1986年(昭和61年)に制定。6月は麦茶の原料である大麦の収穫始めであり、その1日目を記念日とした。

気象記念日

1875年(明治8年)6月1日に東京気象台(現在の気象庁)が気象観測を始めたことを記念して、東京気象台が1884年(明治17年)に制定。

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