2月20日

記念日・年中行事

  • 世界社会正義の日
    2007年の国連総会決議で制定され、2009年から実施された国際デー。貧困削減や、国際労働機関の定める労働者の権利の促進を目的に制定。
  • 旅券の日
    1878年のこの日、外務省布達第1号「海外旅券規則」で「旅券」という用語が初めて使用されたことにちなみ、外務省が1998年に制定。
  • アレルギーの日
    日本アレルギー協会が1995年に制定。1966年のこの日、免疫学者の石坂公成・照子夫妻が、ブタクサによる花粉症の研究からアレルギーを起こす原因となる免疫グロブリンEを発見したことを発表した。
  • 交通事故死ゼロを目指す日
    日本政府が生活安心プロジェクトの一環として2008年から実施。2月20日と、春・秋の全国交通安全運動の期間中の4月10日・9月30日。
  • 歌舞伎の日
    慶長12年2月20日(旧暦)、出雲阿国が江戸城において将軍徳川家康や諸大名の前で初めて歌舞伎踊りを披露したことにちなむ。
  • 愛媛県政発足記念日
    1873年のこの日に石鉄県と神山県が合併して愛媛県が誕生したことに由来。1973年に最初の記念行事が行われ、「愛媛県章」(1989年のデザイン変更に伴い廃止)と県民歌「愛媛の歌」が制定された。

誕生日

アントニオ猪木

  • 猪木 寛至(いのき かんじ)
  • 神奈川県横浜市鶴見区出身。
  • 幼少時代は運動神経が鈍く、友達からは「ドン寛(鈍感)」「運痴の寛ちゃん」などと呼ばれていた
  • 13歳の時に貧困を抜け出せるかもしれないという希望からブラジルへ
  • 離婚歴があり(4回結婚している)
    渡米時代アメリカ人の女性リンダと結婚し1児をもうけるが死亡している。その後、倍賞美津子と1億円の結婚式を挙げて当時の話題になった。離婚後、22歳程離れた妻と3度目の結婚、離婚。その後、16歳年下の妻と4度目の結婚をした。4人目の妻は猪木の肖像権、商標権、著作権管理をするマネジメント会社の副社長を務めていたが、2019年8月に死別している。
  • 二番目の妻は女優の倍賞美津子
  • 卍固め(オクトパス・ホールド)

アゴ

その特徴的な尖ったアゴは猪木を猪木たらしめており、コンプレックスでしかなかったそのアゴをやがては武器にまで昇華させた。藤原喜明は「スリーパーをされると尖ったアゴが肩に食い込み非常に痛かった」と語っている。モハメド・アリとの対戦前の記者会見で、アリから「ペリカン野郎」とそのアゴをバカにされるが、猪木は「オレのアゴは尖っているからそれだけ強い」と、自分のアゴをアピールした。金的と並び鍛えようのない急所である喉元をガードしている、という意味でも武器であることは、本人も認めている。

また、アメリカでタッグを組んだことがあるヒロ・マツダは、「猪木のアゴはジャーマン・スープレックスの際に相手の背中に引っ掛かって邪魔になるから、綺麗なジャーマン・スープレックスにはならない」と語ったことがある。

かつて前妻の倍賞美津子がテレビ朝日「徹子の部屋」に出演した際に、猪木の顎の深さを図ろうと、寝ている間に口を開けて、中指と薬指の2本を入れてみたら全部入ってしまった、と語っている。

闘魂ビンタ

国会議員当時の1990年(平成2年)5月16日、早稲田予備校での講演(題目「五月病に卍固め」)で、予備校生のパンチを腹部に受ける余興を行った。その中の予備校生一人は、実は少林寺拳法の有段者であり、力を込めて殴った。この不意打ちに準備できなかった猪木は反射的に予備校生にビンタを打ってしまった。予備校生は猪木ファンであり、ビンタを受けた直後に「ありがとうございました」と一礼した。この様子は、テレビカメラにより録画されており、全国に流れた。その後、縁起が良いと東大受験生が受験前に猪木にビンタをお願いし、全員合格を果たした。このことから、縁起ものの『闘魂ビンタ』が生まれた。その後も有名になり、女性の有名人までもテレビ番組中に闘魂ビンタ(近年は「闘魂注入」と表されるケースが多い)をねだるまでになっているが、2006年(平成18年)のテレビ番組で語ったところによると、最近は闘魂ビンタをあまりやりたくないとのこと。また、国際線のスチュワーデスから「闘魂注入ビンタしてください」と頼まれ、飛行機の中でしたと猪木自身もインタビューで語っていた[98]。一時期若い女性ファンからビンタでは無くキスして欲しいとせがまれ、その後他の女性達も次々と並びだて、キスをせがむ現象が起き、それを「闘魂注入キス」と呼ばれていた。
なお試合以外で一般人に初めてビンタを見舞った相手は当時テレビ朝日アナウンサーの佐々木正洋である。1990年2月10日東京ドーム大会において、アントニオ猪木&坂口征二vs橋本真也&蝶野正洋戦の試合前の控室で、『ワールドプロレスリング』のリポーター担当として「もし負けるということがあると、これは『勝負は時の運』という言葉で済まないことになりますが」と質問した佐々木に対して激怒し、「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」と言った後にビンタを見舞ったのが最初であると言われている。

志村けん

志村 けん(しむら けん、1950年〈昭和25年〉2月20日 – )は、日本の男性コメディアン、お笑いタレント、司会者。ザ・ドリフターズのメンバー。イザワオフィス所属。1972年までの旧芸名および中国語での表記は「志村 健」。本名は志村 康徳(しむら やすのり)。

  • 昭和25年
  • 本名は志村 康徳(しむら やすのり)
  • 小学校教諭であった父・憲司(けんじ)と母・和子(かずこ)の三男
  • 高等ではサッカー部に所属し、GK
  • コメディアン、お笑いタレント、司会者
  • 元々はバンドマンとしてギター担当
  • 近年は津軽三味線を趣味
  • 結婚歴がない独身。
  • 競走馬の馬主としてアイーンベル等を所有している。
  • 送迎用にロールス・ロイスを所有しているが、志村自身は自動車の運転免許を持っていない
  • スイカを異常に速く食べる芸を披露した。

俳優業

バラエティ以外のテレビ番組や映画で俳優として出演しないことを信条としていた志村だったが、1999年には映画『鉄道員(ぽっぽや)』に俳優として出演した。自宅の留守番電話に高倉健直々の出演依頼のメッセージが残されていたため、「高倉の申し出があったのに出演しないとは言えなかった」と出演の理由を明かしている。この時の録音テープは、家宝としてその後も大切に保存しているという。

「鉄道員」出演以降は一部の声優業を除いて映画やテレビドラマなどには1度も出演した事が無かったが、2020年12月に公開される映画「キネマの神様」(原作は原田マハによる同名小説)にて俳優である菅田将暉とダブル主演を務める事となり、実に「鉄道員」以来約20年ぶりに映画出演を果たす事となった。

タバコ

2016年8月19日、肺炎で入院したことが判明した。これに伴い、8月20日および21日に予定されていた公演『志村魂』の大阪・新歌舞伎座公演は中止することになった。その後、8月31日に退院している。それまでは1日に3箱のたばこを吸うほどのヘビースモーカーであったが、この件にショックを受け、現在では禁煙をしている。

現在では健康オタク、動物愛好家としても知られ、お笑いタレントとしてのみならずコメンテーター的存在としても活動している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました