大相撲の外国人力士

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力士は禿げたら引退

大相撲の本場所の取り組みでは、幕下以下の力士は髪をちょんまげ、十両以上の力士は大銀杏(おおいちょう)に結って土俵に上がることとなっています。髷は力士の象徴と呼ぶべきものだけに「力士は禿げて髷が結えなくなったら、引退しなければならない」と思っている人は、昔から意外にいるようです。

規定はないが、元々そのくらいの年齢で引退する力士が多い

結論から言うと「力士がハゲて髷が結えなくなったら、現役引退しなければならない」という規定はありません。

力士の引退年齢には個人差がありますが、早ければ20代後半・遅くても40歳前くらいです。このくらいの年齢になると、力士という身体を酷使する職業であるが故の「体力の衰え」だけでなく、人によっては「髪の毛の衰え」も感じるようになるので、そのタイミングが一致して引退するとまるで「ハゲが原因で引退した」ように見えてしまうことがあるようです。

これはなんとも理不尽な話ですが、実際に髪が減って髷が結えない状態になったからといって「引退勧告」「出場停止」などの処分を受けることは決してありません。

「大銀杏」(おおいちょう)が結えないと、一部に制約も・・・

しかし、横綱土俵入りの際に横綱の横に控える「露払い・太刀持ち」を務める力士や、「弓取り式」を行う幕下力士は、必ず大銀杏を結わなければなりません。

過去には横綱から直々に「露払い」を依頼された幕内力士が、まだ大銀杏を結えないことを理由に相撲協会から許可されなかった例もありました。

その力士の場合は出世のスピードに髪の伸びが追いつかなかったのですが、仮に髷が結えないほど髪が減ってしまった力士がいたら、必然的に「露払い・太刀持ち」や「弓取り式」は務められないなど一部の制約が出ることになります。

兄弟子の髪の毛でエクステをした把瑠都

エストニア出身の元大関・把瑠都(ばると)は、スウェーデン系ということもあり髪はブロンド、しかも髪の毛自体が細くて切れやすい上に伸びが遅い、髷を結うのが難しい髪質でした。

さらに出世が早かったこともあって、初土俵から2年で幕内に上がっても大銀杏を結うことができず、ちょんまげ姿で土俵に上がっていました。

そんな彼が大銀杏を結うために使ったのは、なんと当時の兄弟子の髪の毛を使った「人毛エクステ」。実は、髪質や髪の量が少ないなどの理由で地毛で髷を結うことが難しい力士の場合、「付け毛」を使うことが可能なのです。

ちなみに日本相撲協会の規定では、髪の色についての決まりは特にありません。
しかし協会の上層部からは、当時

「相撲界の伝統を重んじるなら、黒く染めたほうが良いのでは」

という声も上がっていたのだとか。

そんな事情もあり、把瑠都はその後、黒い色をつけた鬢付け油を使って髷を結うようになりました。だから本場所で見る大関・把瑠都の髪は、ブロンドというよりは暗い茶色のような色の大銀杏だったのです。

縮れた髪にストレートパーマをかけてきれいな大銀杏を結った

さて、髪質が原因で髷が結いにくいといえば、くせ毛や天然パーマの力士も同じです。

元大関・小錦や元横綱・曙など、恵まれた体格と圧倒的なパワーで大活躍したハワイ出身力士たちを悩ませたのが、くせの強い髪質でした。

小錦と同じ高砂部屋所属で、床山(とこやま)の最高位である特等床山まで昇りつめ「伝説の床山」とまで呼ばれた床寿(とこじゅ)さんの技術でも、小錦の大銀杏はなかなかきれいに結えませんでした。

そんなとき、元美容師だった床寿さんの奥さんのアイディアで取り入れられたのが、ストレートパーマでした。

ストレートパーマの効果は抜群でした。だから、私たちの知る本場所での小錦の髪型は、いつもきれいな大銀杏になっていたのです。

小錦より後に入門した元横綱・曙や武蔵丸も、現役力士時代はストレートパーマをかけ、髷を結いやすくしていたのだそうですよ。

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