昭和20年代(20~24年)  懐メロ歌謡曲ベスト5

1位「青い山脈」 藤山一郎

画像:映画《青い山脈》ポスター

作詞/西条八十
作曲/服部良一

「昭和の歌・心に残る200」においても第1位とを獲得する映画「青い山脈」の主題歌です。東北地方の港町を舞台に、若き男女の交際をめぐる騒動を清楚に描いた原節子主演の青春小説を映画化しました。

「青い山脈」(あおいさんみゃく)は石坂洋次郎原作の日本映画『青い山脈』の主題歌として1949年に発表された曲である。発表当初は藤山一郎と奈良光枝が歌っていたが、奈良が早世したこともあり藤山一郎の歌として有名である。

2位 「リンゴの唄」並木路子

画像:レコードジャケット

作詞/サトウハチロー
作曲/万城目正

可愛い乙女の願いを赤いリンゴに託して唄う詞は、戦後日本の焼け跡の光景や戦時中のプレッシャーからの解放に向けて、敗戦によって萎縮しきった大衆の心意を癒せれる唱歌と評価されました。

並木路子、霧島昇(霧島の共唱はオリジナル版のみ)によって発売され、日本の戦後のヒット曲第1号となった楽曲。

第二次世界大戦敗戦後の日本で戦後映画の第1号『そよかぜ』(1945年〈昭和20年〉10月10日公開、松竹大船)の主題歌として発表された。なお、『そよかぜ』は並木が主演を務め、霧島も出演している。

3位「湯の町エレジー」近江俊郎

画像:カセットテープの表紙

作詞/野村俊夫
作曲/古賀政男

ギターのアクセントが持ち味となった「古賀メロディー」を代表する唱歌であり、同時に近江俊郎の代表曲となりました。この時代、40万枚という、驚異的なレコード売上枚数を記録し、彼の人気を不動のものにした唱歌ともいえましょう。

当初、「湯の町ブルース」の曲名で会社から発注されたが、作曲した曲がブルース調にならなかったためタイトルが変更された。
本曲をモチーフとして、1949年5月に東宝が『湯の町悲歌(エレジー)』を近江俊郎の主演で製作・公開した

4位「悲しき口笛」美空ひばり

画像:映画のワンシーン

作詞/藤浦洸
作曲/万城目正

映画「悲しき口笛」は美空ひばりの古里でもある横浜が舞台になっています。映画の中でこの曲を「シルクハットに燕尾服」で歌っている装いは「天才少女歌手」の代表的なものとして知られています。

当時12歳にしてひばりが自身初の主演を務めた映画『悲しき口笛』の主題歌である。
当時としては史上最高記録となる45万枚を売り上げ、ひばりにとって初めてのヒット曲となった。本楽曲はひばりにとって出世作となり、ひばりは本楽曲のヒットにより一躍有名になった。

5位「長崎の鐘」藤山一郎

画像:長崎の鐘(書籍)

作詞/サトウハチロー
作曲/古関裕而

サトウハチローの歌詞は戦災を受けた全ての受難者に対する鎮魂曲であり、打ちひしがれた大衆のために再起を願った歌詞である。元々は池真理子が唄うことでレコード会社は考えていたが、その歌詞から感じた池は「この曲は永井隆博士のご心境を歌ったものであるから、男の人が歌うべき。」という想いで、敬意をもって藤山一郎氏にレコーディングを志望したとされる。

永井隆 とは 医学博士、随筆家 。
長崎医科大学(現長崎大学医学部)助教授だった永井が原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭動脈切断の重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を記録したもの。被爆時に大学をはじめとする長崎の都市が完全に破壊された様子、火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いている。永井は、この時妻を亡くした。また、救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留める。「長崎の鐘」とは、廃墟となった浦上天主堂の煉瓦の中から、壊れずに掘り出された鐘のこと。

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