2018年 年間演歌カラオケランキング

1位.津軽海峡・冬景色 / 石川さゆり

988年9月18日、青森と函館を結ぶ青函連絡船が最後の航行を終えました。満員の最終便は、乗船客の紙テープと演歌「津軽海峡冬景色」の合唱に包まれながら青森と函館を離れ、113キロ離れた海峡対岸の港を目指しました。

2位. 天城越え / 石川さゆり

曲は1985年、吉岡治と弦哲也、桜庭伸幸の3人が天城湯ヶ島町(現・伊豆市)の温泉旅館・白壁荘で製作した。3人は旅館に2泊し、吉岡は旅館周辺を散策する事で詞の原案を練っていたという。静岡県・伊豆半島の天城山を舞台にしたご当地ソングでもある。

当時のカラオケブームの最中に、「石川にしか歌えない、難易度の高い作品を」ということで制作された楽曲である。

2008年シーズンの大リーグ選手・イチローの打席曲にもなった。これはシーズンオフに帰国して紅白歌合戦を見ていたイチローが本曲を聴いて、「記録など、いろいろな物を越えたい」と思ったからだという。その後石川はマリナーズのホームゲームに招待された。但し、石川自身は「野球音痴」だという。

3位. 酒よ / 吉幾三

自分の半生を歌った26分バージョン「酒よ我が人生・・・」も存在する。

4位. 北の旅人 / 石原裕次郎

父が亡くなった頃にショックから自暴自棄になった裕次郎は、家から金目の物を持ち出しては換金し、その金で銀座などへ繰り出す遊行三昧の日々を送り、兄・石原慎太郎から心配された。そんな頃に兄は水の江瀧子より『太陽の季節』の映画化を促されたため、「裕次郎って弟がいるんだけど、遊び人でどうしょうもない奴で…弟を出してくれるんなら」という条件を提示した。瀧子はその条件を呑み、裕次郎は同作品で俳優デビューし、脇役ではあったが主演格に匹敵するダイナミックな存在感で注目されることとなる。裕次郎本人は「太陽の季節」への出演は至って遊び感覚で、迎えの車に乗り初めて日活撮影所へ降り立った時は素肌にヨット・パーカーを羽織り、海水パンツにゴム草履履きといったいでたちに、その場に居合わせた宍戸錠と小林旭は「何だ!ありゃあ?!?」と仰天したという

5位. つぐない / テレサ・テン

外国語にも堪能であり、北京語に加えて台湾語、広東語、日本語、英語に堪能で、山東語、マレー語、フランス語などの言葉も話せたと言われる。日本でリリースされた曲は約260曲ほどであるが、中国語でリリースした曲は1,000曲を越す。

6位. さざんかの宿 / 大川栄策

特技はタンスを担ぐこと。出身地の大川市はタンスをはじめとする「大川家具」の産地として有名であり、その関係で身につけた特技

7位. 時の流れに身をまかせ / テレサ・テン

カバーして歌ってる歌手
夏川りみ,五木ひろし,加藤登紀子,桂銀淑,小林幸子,ジャッキー・チェン,徳永英明,内藤やす子,マルシア,森進一,八代亜紀,桑田佳祐,酒井法子,由紀さおり,氷川きよし

8位. ラヴ・イズ・オーヴァー / 欧陽菲菲

9位. みだれ髪 / 美空ひばり

親友であった中村メイコと赤坂近辺をハシゴしていた時、二軒目で寄った屋台の味を気に入り、居眠りしていた屋台の主人に「私の家この坂を上った近くにあるんだけど、うちの前まで屋台引っ張って行ってくれない?」とお願いしたが、主人に断られてしまった為、居眠りしていた主人を放ったまま、ひばりが屋台の前を、中村が後ろを押しながらひばり邸の前まで屋台を持って行き、そこで二人で食べた三倍の値段の代金を屋台に置き、屋台を放置したまま、また二人で夜通しハシゴしたという逸話を中村自身が話している。

10位. 北国の春 / 千昌夫

1970年、仙台市郊外にある五万坪の山林を四千万円で購入した[1]。その後、東北新幹線の着工決定も手伝い、その土地を含めた周辺が市街化区域に編入されたことで地価は十倍にも上昇した。このことがきっかけとなり、1972年には「アベインターナショナル」を設立。次第に不動産業に傾倒するようになり、やがてバブル期には歌手を休業し不動産業に専念した。


11位. 川の流れのように / 美空ひばり

12位. 愛燦燦 / 美空ひばり

13位. 居酒屋 / 五木ひろし・木の実ナナ

14位. 水に咲く花・支笏湖へ / 水森かおり

15位. 宗右衛門町ブルース / 平和勝次とダークホース

16位. 会津追分 / 森山愛子

17位. 北空港 / 浜圭介・桂銀淑

18位. 天竜流し / 福田こうへい

19位. ふたりの大阪 / 都はるみ・宮崎雅

20位. 銀座の恋の物語 / 石原裕次郎・牧村旬子

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